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第十一章 背後の敵
12 嘲り
しおりを挟む果たせるかな、インテスの予想は十分以上に当たった。
アーシノスがさも面倒臭そうに顎をくいと動かすと、サルの形質をもつ神官シィミオが一歩進み出た。
「サクライエ様はこのところ、非常に心を痛めておいでです。《救国の半身》などと呼ばれて持ち上げられてはいるものの、あなた様とあの黒犬風情には疑いをお持ちであられる」
「疑いとは?」
インテスはごく静かに答えた。答えは予想がついていたからだ。シィミオは高い場所から皇子である者を見下ろしながら、小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「そもそも尊き精霊さまは」
と男が口を開いたとたん、脇にいたゴリラのアクレアトゥスとダチョウのストルティがさっと神に敬意を表する姿勢をとった。
「風のヴェントゥス、火のイグニス、土のソロ、金のメタリクム、水のアクアの五柱と決まっておりまする。白と黒に由来する精霊など、この世にはおらぬ。そのようなものを崇拝するは邪教なのじゃ」
「左様、左様。斯様な者らが民心を惑わすは大罪ぞ。《黒き皿》を封印するお役目はお役目として、それが済んだならばもはや無用の存在にすぎぬわ」
続いたのはアクレアトゥス。さらにストルティが、きいきい声でがなり立てるように叫び散らかした。
「この上は、その強大な力をふるってどんな悪事を働かぬとも限らぬ。それはこの帝国にとって大いなる脅威となりましょう。そこな皇子と、つがいの黒犬は帝国がしっかりと管理され、行動を制限なさらねばならぬと存じますわ」
「うむ、うむ」
アーシノスが満足そうにたるんだ顎肉を揺らした。うなずいたのであるらしい。
「と、いうことよ。サクライエ殿ももちろん承知の上。そなたとそなたの黒犬は、今後帝国の管理下に入れる。滞在先はすでに準備しておるゆえ、早々にそちらへ移れ。わかったな、弟よ」
「お断りいたします」
インテスは言下に拒否した。眉の一筋も動かさなかった。
「魔塔にあっては白と黒の精霊もまた重要な存在と言われております。むしろ五柱よりもさらに上位の、貴き存在と謳われている。それはこちらのセネクス翁もよく説明してくださるところにございましょう」
「無論、無論」
セネクスが微笑みを浮かべたまま小さくうなずく。インテスはそちらに目配せをしてからまた続けた。
「そもそものことの始め、つまりこの世が創られた日、まずは黒があり、そこに光である白が爆発的に発生した。それが世界の始まりであったはず。白と黒の精霊が邪なる存在であるというのは、単に神殿が主張しているだけのことにすぎませぬ」
「黙らっしゃい!」
シィミオが鋭く叫んだ。目はつり上がり、非常に苛立った様子である。
「なんと、畏れ多くも高邁なる五柱さまに疑いを差しはさむとは!? 不敬も甚だしい仕儀にござりまするぞっ。ご覧くだされ、皇太子殿下。あの者らはやはり、聖なる精霊様への反逆心を隠しておるのですッ!」
「ふむ。そのようだな」
皇太子はそれを受けて、さらに満足そうな目になった。
(どうせそれもこれも、最初から仕組まれた芝居であろうよ)
そう思いつつ、インテスは「ひとつよろしいか」と静かに言った。
「訂正していただきたい。わが半身オブシディアンは黒い犬などではございませぬ。れっきとした伝説の黒狼王の末裔にござりますれば」
「そんなことはどうでもよろしいッ」
ぴしゃりと言い放ったのはシィミオだ。
「ちっともよくはない。わが半身に無礼を働くなと申している。断る気ならば私にも覚悟があるがよろしいか」
「な、なに……?」
言ってからシィミオは急にびくりと動かなくなった。
その目は明らかに、腰の得物に手を掛けているインテスではなく、隣に立つレオを見ていた。
そちらを目の端で確認して納得する。
(……おお。さすがは獅子だな)
レオの怒気のすさまじさと言ったら、言葉にすることさえ難しいほどだった。いつのまにか仁王立ちになり、じっと檀上のシィミオを睨みつけている。その金色の瞳には世界を焼き滅ぼすような熱と炎が宿っていた。周囲の空気が彼の恐るべき覇気によってビリビリと震えているほどだ。
この男が本気を出せば、この殺気ひとつで人を殺せることだろう。実際シィミオの顔色が急激に悪くなっていくのが手に取るようにわかった。
「なっ……なな、なんじゃ、その目はっ!」
偉そうに決めつけたつもりだったらしいが、サルの神官の声はひどくわななき、か細く震えていた。呼吸もままならないのだろう。
「なんでもよろしい。訂正を。オブシディアンは《黒狼王》だ。古より語り伝えられてきた、尊き黒狼の王の子ぞ」
「ぐぬうっ……」
ほとんど蒼白になりつつ、シィミオが喉奥で奇妙な声をたてた。
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