白と黒のメフィスト

るなかふぇ

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第十一章 背後の敵

10 魔法の瀑布

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「あ、あのっ」
 思わず声をあげていた。
「オ、オレも行きます!」
「なりません!」
 即座に両脇から止められる。もちろんティガリエとラシェルタだ。
「止めないで。だって、首飾りモニールはオレのです。これでインテス様と連絡を取り合いながら行ったほうが絶対にいいはずでしょう?」

 マルガリテ女史は一瞬だけ沈黙し、じっとシディを見下ろした。この人は女性だけれども、かなり大柄なのだ。顔立ちのこともあって、そうされると相当な威圧感がある。
 だがシディは踏ん張った。下から女史の顔をまっすぐ見上げる。

「お願いです。けっして無茶なことはしないので」
「……わかりました」
「マルガリテ様!」
 言いかけたラシェルタを目と片手で制し、女史はもう一度シディを見た。
「おっしゃったことには責任をもって下さいませね。決して無茶なこと、危険なことはなさらないこと。戦場では我々の指示に従ってくださいませ。よろしいですか?」
「もちろんです!」

 そこからは速かった。
 みなで大急ぎで戦闘服に着替え、魔塔のバルコニーに終結する。魔導士の戦闘服は基本的にはやっぱりローブだが、下に武官が着るような革鎧に似たものをつけるのだ。

「みな、準備はよいか。では参るぞ!」

 マルガリテ女史のひと声で、みな一気に空中に飛び上がる。《飛翔》の魔法だ。シディにはまだつかいこなせない魔法なので、ラシェルタが連れて行ってくれることになった。ティガリエは他の魔導士の世話になっている。
 《飛翔》のために魔導士の周囲には目に見えない魔力の膜が張られた状態になる。こうすることで、風圧や雨、雪などの影響をうけにくくなるのだ。

 魔塔の上空には、こちらと似たような状態であちらこちらに飛んでいる黒い影があった。恐らくあれが神殿の魔導士たちなのだろう。
 シディは首飾りに口を寄せた。

「インテス様! どこにいらっしゃるんですか?」
《……シディ? そなたまで出てきたのか? なんて無茶なことを──》
「ごめんなさい! そのお叱りはどうか後で。みんなでお迎えに出てきました。場所を教えてくださいっ」
「いや、いい。もうわかった」

 言ったのはマルガリテ女史だ。その視線の先に、不自然に魔導士が固まって飛んでいる場所がある。魔塔の入り口からはまったく反対側の上空だった。魔導士たちは激しく飛び回り、炎や電撃の攻撃魔法を撃ち込んでいるようだ。
 急いで飛行していくうち、その先に見慣れた人たちの顔が見えた。

「インテス様っ……!」

 インテス様とセネクス師匠、それにレオだ。
 三人はセネクス師匠の《飛翔》魔法によって空中にいる。師匠が発動させている防御魔法の壁によって、神殿魔導士たちの攻撃はことごとく防がれているようだった。しかし、あれほど取り囲まれていれば動きが取れないに違いない。

「参るぞっ」

 マルガリテ女史の声とほぼ同時に、こちらの魔導士たちも一気に速度を上げた。途中、特に相談したわけでもないのになめらかに散開。そのままインテス様たちのいる場所に真っすぐ飛んでいく者と、あちらへ回り込む者とに分かれた。移動しながら、敵の魔導士たちに魔撃をお見舞いしていく。だれもかれも、見事な動きだ。
 ことにマルガリテ女史の攻撃はすさまじかった。
 彼女も高位の魔導士らしく、ほぼ魔法の詠唱はおこなわない。さっと軽く手を振るぐらいのことだ。しかしそのひと振りで、上空に大量の水が出現したのである。

(うわあっ……!)

 思わずぽかんと見上げてしまう。
 そこにはいきなり、巨大な瀑布ばくふが出現していたのだ。見上げると首が痛くなるほどの高い崖の上から、凄まじい勢いで落ちてくる大量の水、水、水。こんなところに崖があるはずがないのだが、ちょうどそんな感じだった。ほとんど洪水のような勢いである。
 どうやらマルガリテ女史は水の魔法が得意であるらしい。

「ひいっ?」
「うわあああっ」

 敵の魔導士たちの悲鳴も、水の轟音にかき消されてしまう。インテス様たちを囲んでいた魔導士が次々に水に激突され、くるくる回転しながら落ちていく。水面に叩きつけられたとしても、この高度ではまず助からないだろう。中には魔塔の海辺あたり、岩場になっている場所へと落ちていく者もある。
 はるか下方で体を粉砕されるであろう魔導士たちの断末魔はしかし、瀑布の凄まじい轟音によって完全にかき消された。
 シディたちはすぐ、インテス様たちに近づいた。

「殿下! 大事ありませぬか」
「……おお、ティガリエか。そなたも来たのか」
「インテス様……」

 その後ろから、恐るおそる殿下に近づく。ラシェルタがセネクス師匠の《飛翔体》の中へと、ふわりとシディを移動させてくれたのだ。

「ご、ごめんなさい……インテス様」
「うん」

 インテス様はくしゃっと笑って、シディの頭をぐしゃぐしゃと掻きまわした。

「まあよい。問題はなかったのだからな。むしろ助けに来てくれたこと、礼を言わなくては」
「い、いえ──」
「さあ、敵が混乱している今のうちに魔塔に戻るとしよう。みなに詳しく話さねばならぬことが山ほどあるのだ」
「は、はいっ」
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