白と黒のメフィスト

るなかふぇ

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第十一章 背後の敵

9 魔石通信

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 どおん、と遠くから大きな轟音が響いてきた。

「ひっ……!」

 思わず手にしていた茶器を取り落とす。が、すんでのところでティガリエが大きな手で受け止めてくれた。茶はほとんどこぼれてすらいなかった。
 ラシェルタが音のした方を見やり、目を細める。周囲にいた魔導士たちが身構えた。

「始まったようですね」
「ご案じ召さるな。マルガリテ女史に任せておけば問題はありませぬ。すぐに防衛線を突破されるようなことはありませぬゆえ。オブシディアン様はまずお休みを」
「い、いや。そんなの無理だよっ……」
「まだご体調が万全ではありませぬでしょう」
「もう大丈夫ですってば……!」

 とかなんとか言い合っているうちにも、さらに不規則な轟音が届いてくる。シディのよく聞こえる耳でそれを拾わないなんて無理な相談だ。気にするなと言われても困るだけだろう。大体、こんな状態で休めるわけがない。
 だが護衛の二人はかたくなだった。

「最前から申しておりまするが、あなた様をお守りすることこそが、我らの最大の務めにございまする」
「まずはお休みください。心と体をお休めになり、体力を温存して頂くのが第一にございます。周囲は我らがお守りしておりますゆえ」
「は、はい……」

 両脇から口々に言われてしまい、シディも仕方なくうなずいた。あらためて卓の前に座りこみ、茶とちょっとした菓子をいただく。そうこうするうち、気がつけばあの轟音はまったく聞こえなくなっていた。

(ど、どうなったんだろう)

 そわそわしながら待っていると、やがてマルガリテが悠然とやってきた。ほとんど何事もなかったかのような自然さだった。

「第一陣の攻撃は無事、防ぎましてございます。オブシディアン様にはしばらく、ゆるりとこちらでお過ごしいただきたいと思います」
「あ、ありがとうございます……」
 ほっとして全身から力が抜けた。ひとまずは切り抜けたということなのだろう。
「あ。でもあのう、ケガした人なんかはいませんでしたか?」
「問題ありませんわ」

 マルガリテ女史は大きな金色の目をすっと細めた。笑ったらしい。この人もまた、ラシェルタ同様表情が読みにくいのだ。しかし不思議と、どことなく温かみを感じさせてくれる雰囲気をもっている。そこはやっぱり人徳なのだろうか。

「ご心配いただきありがとう存じます。ですがこちら魔塔の魔導士が、神殿ごときの魔導士どもに後れを取るなどありえぬことです」
「そ、そうですか……」

 よかった。まあひとまずは、だけれども。
 ところで「えせ」とは何だろう……?
 そう思いつつ胸をなでおろしていたら、ラシェルタが控えめに口を開いた。

「セネクス様からのご連絡はありましたか」
「いいえ、まだね」
「予定ではとうに連絡があって然るべきなのでは?」
「その通り。こちらから、すでに高度な《隠遁》の使える者を何名か、密かに斥候に出している。だがいまだ連絡はない」
「左様ですか」

 室内にしばしの沈黙。
 こういう場合、魔導士同士の連絡は魔力の籠められた魔石を使ったり、《念話》で行われたりする。《念話》はお互いに使える者同士でなければ一方通行になってしまうことが多い。

「あの。最後に連絡があったのはいつなんですか」
「殿下とセネクス様が皇宮へ入られてから二刻ほどでしょうか」
「こちらから連絡を入れても反応がない、ということですよね?」
「ええ。そうです」

 と、そのときだった。

《……シディ。聞こえるか? シディ》
「ぴゃっっ??」

 自分の胸元から急に声が流れ出て、シディは飛び上がった。
 声は明らかに、胸から下げた例の首飾りモニールから聞こえてくる。
 そういえばこれも魔石だったと、今頃になってシディは思い出した。

「えっ? ……と、あの。インテス様ですかっ……!?」
《ああ。シディは魔塔にいるのだよな? 大事ないか》
「は、はいっ。あのあの、そちらは大丈夫なんですかっ? みなさん無事ですか!?」

 首飾りを握りこみ、勢い込んでしゃべったら咳が出た。
 ティガリエもラシェルタもマルガリテ女史も、またそのほかの魔導士の青年たちも食い入るようにシディの胸元を見つめている。

《ああ、問題ない。だが魔塔に入れないんだ。周囲に神殿の魔導士どもがうようよ飛んでいてな。そちらも攻撃を受けたようだな? みなは無事か》
「あ。だ……大丈夫ですっ」

 いつも通りの落ち着いたインテス様の声を聞いているだけで、どんどん安堵感が広がっていく。
 ああ、早くお会いしたい。お会いして、あの優しい瞳に見つめられたい──。
 シディは思わず、大事な首飾りを力いっぱい握りしめてしまった。

 聞けばあちらはインテス様とセネクス師匠、それにレオと数名の魔導士の構成で、《隠遁》と《跳躍》を使って魔塔まで飛んできたところだという。
 静かに話を聞いていたマルガリテ女史がサッとマントを跳ね上げて顎をあげた。

「状況はわかりました。すぐにも迎えをよこしましょう。──誰か!」

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