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第十一章 背後の敵
8 襲撃
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魔塔に着くと、待ち構えていた魔導士たちがすぐにシディを取り囲み、守りながら建物の奥へと連れて行ってくれた。
そこはみなが一同に会することのできる大広間だった。すでに大勢の人々が集まっていて、シディたちが来たのに気づくと沈黙のまま一礼しながら道をあけてくれた。
人の作った道を行きながらシディは周囲を見回した。
中堅どころの中年や青年の魔導士ばかりでなく、シディが以前ここで世話になっていた間、一緒に魔道を学んだ若い学生たちの顔も見える。みな戦闘のための服装に身を包み、一様に緊張した面持ちでシディとティガリエ、ラシェルタの様子を見つめている。
列の一番奥では、見覚えのある初老の魔導士が待ち構えていた。
ギザギザした牙と緑の鱗に覆われた顔。爬虫類としての金色の瞳。
「ワニ」と呼ばれる生き物なんだということは、前にセネクス師匠から教えてもらった。おもに河などに棲む生き物だという。
「ご無事でなによりにございましたわ、オブシディアン様」
落ち着いた低音だが、それは女性の声だった。
そう、この人は女性なのである。名をマルガリテ。卓越した技術と人格を備えた魔導士で、セネクス師匠の片腕とも称される人だ。
「いえ。ご心配をかけました、マルガリテ様」
「いけません」
シディが頭を下げると、即座に片手をあげてそれを制する。声音は落ち着いているが、非常にきっぱりとした性格が現れている。
「どうかわたくしたちのことは、あなた様の下僕と思し召しください。敬語なども不要にございますわ」
「えっ。でも──」
「よいのです。あなた様はインテグリータス殿下の伴侶になるお方にございましょう? 左様にされてはみなにも示しがつきませんわ」
「はっ……はんりょ??」
思わず声がひっくり返った。
「左様にございます。そう考えておらぬ者はここにはおりません」
飽くまでもシディを皇族級の立場の者として遇するということのようだ。女史はそのままシディとの話を打ち切って、今度はラシェルタ、ティガリエと話をはじめている。今後のシディの警護計画のことのようだ。
(でも……はんりょ、って)
言われた単語を頭の中で再生してみて、うわっと身体が熱くなった。
いや、それはおかしい。
少なくとも「伴侶」というのは、この国では男女で言われることだろう。
いくら《救国の半身》でも、実際に体の関係を持っているのだとしても、だからといって自分ごときがあの殿下の伴侶になれるはずがないのだ。
いくら自分が、あの方をお慕いしているとしても。
ずっと前からわかりきっていたことだったが、そう考えるとシディの胸は大きな手に握りつぶされたようになった。気のせいでなく呼吸が苦しくなってくる。
「オブシディアン様」
「はっ? はい」
ラシェルタの声に、いきなり現実に引き戻された。
「斥候からの報告では、すでに帝都から複数の兵士らや神殿づきの魔導士たちがこちらへ向かったとの由。みな武装しているそうです。非常に危のうございます。オブシディアン様は魔塔の中央部にて、我らがお守りいたします」
「あっ、あの。インテス様たちは?」
「今のところ、皇宮に異変はないとのことです。が、油断はできませぬ」
答えたのはティガリエだ。
「とは申せ、連絡がつなかくなってしばらく経ちました。安心はできませぬ。セネクス様がともにおられる以上、大丈夫だとは思いますが」
「当然にございます」
マルガリテが目を細めて静かに言った。
「我らはともかく、十分の守りを固めておきましょう。まずは、こちらへ向かっている神殿の手の者らの相手です」
「はっ」
ラシェルタが胸に手を当て、頭をさげる。
「さ、オブシディアン様はこちらへ」
「は、はい……」
促され、そのままさらに奥まった魔塔の内部へと移動した。マルガリテはみなの指揮をとるため残り、ラシェルタとティガリエ、それに数名の若い魔導士がついてくる。
到着したのは、以前も使っていたシディのための私室だった。
「まずは旅装を解きましょう。どうぞお休みください」
「は、はい」
「茶でもお淹れいたしましょう」
「あ、ありがとう、ラシェルタ……」
魔塔でよく頂いていた独特の香りのする茶が淹れられて、ラシェルタから受け取る。それにそっと口をつけたときだった。
どおん、と遠くから大きな轟音が響いてきた。
「ひっ……!」
思わず手にしていた茶器を取り落とす。が、すんでのところでティガリエが大きな手で受け止めてくれた。茶はほとんどこぼれてすらいなかった。
そこはみなが一同に会することのできる大広間だった。すでに大勢の人々が集まっていて、シディたちが来たのに気づくと沈黙のまま一礼しながら道をあけてくれた。
人の作った道を行きながらシディは周囲を見回した。
中堅どころの中年や青年の魔導士ばかりでなく、シディが以前ここで世話になっていた間、一緒に魔道を学んだ若い学生たちの顔も見える。みな戦闘のための服装に身を包み、一様に緊張した面持ちでシディとティガリエ、ラシェルタの様子を見つめている。
列の一番奥では、見覚えのある初老の魔導士が待ち構えていた。
ギザギザした牙と緑の鱗に覆われた顔。爬虫類としての金色の瞳。
「ワニ」と呼ばれる生き物なんだということは、前にセネクス師匠から教えてもらった。おもに河などに棲む生き物だという。
「ご無事でなによりにございましたわ、オブシディアン様」
落ち着いた低音だが、それは女性の声だった。
そう、この人は女性なのである。名をマルガリテ。卓越した技術と人格を備えた魔導士で、セネクス師匠の片腕とも称される人だ。
「いえ。ご心配をかけました、マルガリテ様」
「いけません」
シディが頭を下げると、即座に片手をあげてそれを制する。声音は落ち着いているが、非常にきっぱりとした性格が現れている。
「どうかわたくしたちのことは、あなた様の下僕と思し召しください。敬語なども不要にございますわ」
「えっ。でも──」
「よいのです。あなた様はインテグリータス殿下の伴侶になるお方にございましょう? 左様にされてはみなにも示しがつきませんわ」
「はっ……はんりょ??」
思わず声がひっくり返った。
「左様にございます。そう考えておらぬ者はここにはおりません」
飽くまでもシディを皇族級の立場の者として遇するということのようだ。女史はそのままシディとの話を打ち切って、今度はラシェルタ、ティガリエと話をはじめている。今後のシディの警護計画のことのようだ。
(でも……はんりょ、って)
言われた単語を頭の中で再生してみて、うわっと身体が熱くなった。
いや、それはおかしい。
少なくとも「伴侶」というのは、この国では男女で言われることだろう。
いくら《救国の半身》でも、実際に体の関係を持っているのだとしても、だからといって自分ごときがあの殿下の伴侶になれるはずがないのだ。
いくら自分が、あの方をお慕いしているとしても。
ずっと前からわかりきっていたことだったが、そう考えるとシディの胸は大きな手に握りつぶされたようになった。気のせいでなく呼吸が苦しくなってくる。
「オブシディアン様」
「はっ? はい」
ラシェルタの声に、いきなり現実に引き戻された。
「斥候からの報告では、すでに帝都から複数の兵士らや神殿づきの魔導士たちがこちらへ向かったとの由。みな武装しているそうです。非常に危のうございます。オブシディアン様は魔塔の中央部にて、我らがお守りいたします」
「あっ、あの。インテス様たちは?」
「今のところ、皇宮に異変はないとのことです。が、油断はできませぬ」
答えたのはティガリエだ。
「とは申せ、連絡がつなかくなってしばらく経ちました。安心はできませぬ。セネクス様がともにおられる以上、大丈夫だとは思いますが」
「当然にございます」
マルガリテが目を細めて静かに言った。
「我らはともかく、十分の守りを固めておきましょう。まずは、こちらへ向かっている神殿の手の者らの相手です」
「はっ」
ラシェルタが胸に手を当て、頭をさげる。
「さ、オブシディアン様はこちらへ」
「は、はい……」
促され、そのままさらに奥まった魔塔の内部へと移動した。マルガリテはみなの指揮をとるため残り、ラシェルタとティガリエ、それに数名の若い魔導士がついてくる。
到着したのは、以前も使っていたシディのための私室だった。
「まずは旅装を解きましょう。どうぞお休みください」
「は、はい」
「茶でもお淹れいたしましょう」
「あ、ありがとう、ラシェルタ……」
魔塔でよく頂いていた独特の香りのする茶が淹れられて、ラシェルタから受け取る。それにそっと口をつけたときだった。
どおん、と遠くから大きな轟音が響いてきた。
「ひっ……!」
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