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第十一章 背後の敵
6 召喚
しおりを挟む殿下は言葉を選んでおられるようだが、シディにはわかった。
恐らく彼らは、インテス様のお命をすら狙っているのだ!
(許さない。そんなこと……そんなことっ!)
湯の中で、シディは密かに拳を握りしめた。
その拳を上からインテス様の手が優しく包んだ。
「まあそう怒るな。やつらの良心を期待することそのものが虚しいばかりよ」
「で、でも──」
「怒りは健康を損なうもとだぞ。今のそなたに必要なのは、なにより養生。この一語に尽きるのだ。危険を回避するためにやむを得ず聞かせはしたが、この件はしばらく私たちに任せてほしい。われらにはセネクス師匠はじめとする魔塔の皆と、ティガリエやレオたちの助力もある。大いに期待できる面々であろう?」
「そ……それは、そうですが」
それは絶対に否定のできないところだけれど。
インテス様はシディの手をとったまま、そっと頬に口づけをくださった。
「だから。そなたはゆっくりと身体を休めることのみを考えよ」
「い、インテス様……」
まったく意図したわけではなかった。しかし、思わず物欲しげに殿下の唇を見つめてしまったかもしれない。ハッとして目線を下げたけれど、もう遅かった。
インテス様はふっと微笑んだかと思うと、すぐにその唇をシディのそれに重ねてくださった。
「んう……っ」
「……ああ。久しぶりだな、そなたの唇」
「い、インテス様ぁ……」
「以前の真っ黒な黒曜石の瞳もすてきだったが。今の、燃え上がる炎のような瞳には吸い込まれそうだ。一度吸い込まれたら、きっと塵も残さずに焼き尽くされてしまうであろう。まことに恐ろしい。だが美しい──」
「ふああっ……ん」
言って、閉じた瞼の上から何度も口づけをくださる。
シディはもうとっくに腰が砕けかかっている。
こんなの、もうのぼせあがってしまいそうだ。「長湯はだめだ」なんておっしゃっていながら、いったいこれはどういうことなんだ!
インテス様はそこからしばらくシディの舌を吸いあげ、深いくちづけを続けた。
シディは久しぶりの、頭の芯が溶かされていく感覚に寄った。久しぶりなせいか、酔わされるまでが妙に早い気がする。腰の奥にじくじくとあの欲望が集まりはじめて、シディは腰をよじらせた。
これ以上はダメだ。これ以上は無理。絶対に無理!
「だ……だめ。いんてす……さまあ」
「ああ。ダメだよな。……わかっている」
インテス様はそれでようやく、シディの身体から身を離した。さも名残惜しそうに。
「はあ……。早く元気になっておくれ。私の身がもたぬゆえ」
「はあ、はい……」
ほとんど息も絶えだえの状態で、また丁寧に体を拭かれて衣を着せられ、横抱きにされて寝室に戻った。
「つい止まらなくなって済まなかった。どうかゆっくり休んでくれ」
そうおっしゃって最後にまた額に口づけを落とし、インテスさまはようやく退室されていった。
◆
事態に変化が訪れたのは、それからまもなくのことだった。
皇帝からの手紙が届き、インテス様が皇宮へ呼び出されたのだ。
「手紙の内容は一応、事実関係を問いただすという意図のものだ。だが安心はできない」
インテスさまがぱらりと机に放りだした手紙を、一同は順に回し読みした。シディもティガリエの助けを得て文面に目を通させてもらう。
「そんな……。いったいどういうことなんですか」
だいぶ体力が戻ったシディはそのとき、すでに起き上がって普通に食事もできるようになっていた。
今はシディの居室に、いつもの面々が集まっている状況である。
「手紙には書かれていないが、実際は皇太子からの要請らしい」
「皇太子はこの間からどーも怪しい動きが多くてよ。そもそも皇帝は、こないだから寝込んでるって噂もあるし」
殿下の言葉をひきとったのはレオだ。彼は今、インテス様の近衛隊隊長となっている。例の《黒い皿》の跡地には監視の兵と魔導士らを配置してあるが、いまのところ大きな動きはないとのことで、基本的にインテス様のおそばにいることが多い。要するに護衛だろう。
「今回の件で帝国民の心は大きくインテグリータス殿下に傾きました。『身体が弱く性格のうえでも問題を抱えている現皇太子殿下よりも、次期皇帝にはインテグリータス殿下を』と推す声は日に日に強まってきております」
説明したのはラシェルタだ。隣でティガリエがひとつ頷いている。レオが太い鼻息を吹き出した。
「あのへっぽこ皇太子が、それをうざったく思わねえわけがねえや。裏であれこれコソコソしやがって、神殿とやりとりをしていやがることも気に食わねえしよ。必ず何かの思惑があるぜー。油断すんなよ」
「当然だ」
「《救国の半身》であらせられる殿下にすぐさま手を掛けることはないかと思いまするが、ここは慎重に行動なされ」
静かに言ったのはセネクス翁だ。
このご老人はこのところ、魔塔を留守にして殿下のお傍にいてくださることが多い。それだけ、このところの神殿と皇子たちの動きを警戒しているということだろう。
「ともあれ、父からの召喚に応じぬわけにはいかぬ」
「万全の警護が必要ですな」
「おめえはシディの警護があんだろーが。『武』に関しては俺らに任せろ。『魔法』関連はじいさんに任す」
「もちろんじゃ。間違いなくあれらに遠ざけられるであろうが、より高位の《隠遁》魔法はやつらには決して見破れぬ。姿を隠してどこまでも殿下に随伴いたそう」
インテス様とティガリエ、レオとセネクス翁でとんとんと話が進み、インテス様は翌日には皇宮へ出向く運びとなった。
(大丈夫かな……インテス様)
シディは当然のように留守番を仰せつかり、心配に浸されてじっと離宮の塔から皇宮のある方を見守るほかはなかった。
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