白と黒のメフィスト

るなかふぇ

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第十一章 背後の敵

4 たわむれ

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 インテス様の目配せで最後にティガリエも退室していくと、部屋にはシディとインテス様だけになった。

「さてと」
 言ってなぜかインテス様がすちゃっと粥のわんさじを手にする。そのまますくった粥を口もとに持ってこられてシディは固まった。
「え? いや、あのう」
「先ほどはろくに食べていなかっただろう? もう少しちゃんと食べねば」
「そっ、そうではなくて。あの、自分で──」
「ならぬ」

(はい?)

 絶句していたらどんどん言葉を畳みかけられた。

「ほら、まだそのように手が震えているではないか。顔色だってよくはない。いくら素晴らしい《黒狼王》の魔力の加護があったとはいえ、二十日間もずっと眠っていたのだぞ。無理は禁物。すべて私がさせていただくゆえ。さあ、口をあけて」
「い、いえっ。あのですね──ふぐっ、もぐもぐ……」

 言いかけた口にさっさと突っ込まれて、仕方なく咀嚼、嚥下する。

(まったくもう、このひとは──)

 確かにいつも通りの体調とは言えないし、手足にうまく力が入らないのは本当だ。けれど、匙の一本ごとき持てるにきまっているのに。
 本当にもう、この人は。
 そう思いつつも激しく抵抗する気にならないのは、シディ自身もどこかくすぐったく感じていて、決してイヤではないからなのだろう。

「さあ。さあさあ」
「ま、まって……。もう少しゆっくり、お願いします」
「あ。……そ、そうだな。キュレイトーにも気を付けるように言われているのに、すまぬ」

 困ったお顔がなんとも言えず愛おしい。
 この人があの《門》に囚われていた間の、あのどうしようもない焦燥感。心臓をにぎり潰されるような孤独と悲しみ。それらが嘘のように霧散していく。

(ああ。……まあ、いいか)

 やっとのことで手に入った、この人とのゆったりした時間ではないか。周囲の人たちもきっと気を遣ってふたりきりにしてくれたのだろうし。

「果物もあるんだぞ、シディ。そなたはこちらの葡萄が好きだったな。それともリンゴのほうがいいかな?」
「あ、はい……。あの、でも──もぐもぐもぐ」
 言いかけた口に小さなリンゴのかけらをすぐに放り込まれてまた咀嚼。
「あの、あのあのっ!」
「ん? なんだいシディ」
「あのう……。か、身体も少しきれいにしたいな……なんて」
「おお。入浴かい?」

 こくん、と頷く。
 せっかくこの方にお会いできたのだ。もっともっとこの方に触れたいし、触れていただきたいから。
 別にもちろん、即座に「そういうこと」を期待するわけではない。ないけれど、やっぱり体はきれいな状態にしておきたいではないか。
 インテス様は優しく微笑んだ。

「そうだな。そなたが眠っている間、頻繁に拭いてはいたのだが。驚くことにそちらも魔力の加護のお陰か、ほとんど問題なかったようだったぞ」
「えっ。そうなんですか?」

 思わず自分の体をくんくん嗅いでしまう。
 確かに、あれだけの戦闘ですっかり汚れたうえ、二十日も寝込んでいた姿とは思えないほどイヤな臭いはしなかった。シディのいい鼻をもってしても。

「が、一応湯殿は準備してくれているぞ。浸かりたいなら連れていってやれるが」
「へえっ? い、いえいえいえ! 自分で──」
 言いかけた口をむぎゅっと人差し指で押さえつけられた。
「だ~めだ。そなたはとにかく安静第一。入浴もごく短時間でと言われている。さあ、私につかまってくれ」
「ええっ? うわ、わわわっ」

 声を上げたときにはもう、横抱きに抱き上げられていた。
 慌ててインテス様の首のあたりにしがみつく。インテス様はシディの頭頂部あたりにすりすりとほおずりをして、なぜか悲しそうな顔になった。

「……こんなに軽くなってしまって。ぜひともたくさん食べさせねばな」
「え、えええ……???」
「もちろん、慌てずゆっくりとな?」

 ちゅ、と音がして額に口づけを落とされたのだと気づく。

(な……なんなんだようっ)

 今までも決して厳しさとは無縁だったけれど。ここまで殿下が「甘い」のは初めて経験するかもしれない。なんだか非常にいたたまれない。身体じゅうが燃え上がるみたいに熱くなる。

「髪も洗ってやろうな。なるべく手早くするゆえ」
「じ、じぶんで。じぶんでええ~っ……」
「いやいや、ならぬ」
「じぶんでするううっ。おっ、おねがいですからああっ……」
「ふはははは!」

 すがるようなシディの声も、楽しそうなインテス様の笑声にあっけなくかき消された。

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