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第十一章 背後の敵
3 変貌
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「そ……そうですね」
事態が少しずつ説明されていくにつれて、シディもやっとほっとし始めた。
(これで終わり……? 本当にあの《闇》の勢力は世界から消え去ったのかな?)
まだ不安には感じるけれど、ともかくも目の前の大きな危険は過ぎ去ったということなのだろう。肩から大きな荷物がおりたような気がして大きく息をつく。そんなシディを見てインテスさまも微笑んでいた。
いつのまにか、場にはシディが覚醒したという報せを受けてかセネクス師匠やレオ、ラシェルタも集まってきてくれている。
「ようよう覚醒したのじゃな。重畳じゃ」とセネクス翁。
「お気が付かれてまことにようございました。一時はどうなることかと、みな気をもんでおりました」とラシェルタ。
ほかのみなも口々にシディの覚醒を喜んでくれる。部屋には温かな気遣いと喜びが満ちた。
「ほんと、お前が倒れてる間のこいつの顔、見せてやりたかったぜえ? 本来、皇子ならやんなきゃなんねえ仕事は山積みなのによー。隙あらばここへ入り浸るもんでよー」
レオは例によってこんな調子でインテス様をからかっている。
「しょうがねえから、仕事は全部ここへ運んでやってやがったのよ。見ろよ、このありさまを」
言われてみれば、普通寝室には置かないような大きめの執務机が持ち込まれ、その上にも周囲にも山と書類が積まれている。皇子の決済を待っているらしい秘書ら文官数名が、今この時も書類を持ってせつなげな顔で殿下を見つめている。その顔にはまぎれもなく「お願いですから仕事をしてください、殿下~!」と書いてある。
レオがたまらず「ぶはっ」と吹き出した。
「ほんっと、しょーがねえ皇子だろ?」
「……う、うるさいよ。レオ」
さすがのインテスさまもやや赤面して鼻から下を隠すようにしておられる。
「そう思うなら少しは手伝え」
「やなこった。書類仕事なんざ、どう考えても俺にゃ向かねえよ」
はあ、とひとつ溜め息をついてインテス様がセネクス師匠に向き直った。
「ところで師匠。シディの目のことなのですが」
「うむ」
(えっ……?)
そこではじめて、周囲の皆がまだ少しだけ心配そうな目をしていることに気付いた。自分ではまったくわからないのだが、みんななぜかシディの顔をそっと窺っている様子だ。
と、ラシェルタが「こちらを」と手鏡を持ってきてくれた。
不審に思いつつそれを覗きこんでぎょっとする。
(ええっ……!?)
一体どういうことなのだろう。
肌といわず毛色といわず、どこもかしこもすべて真っ黒だった自分の姿。もちろん目だって真っ黒だったはずなのに。
それがこの両目だけが、なぜか赤味を帯びた金色に変貌していたのだ。そこだけが、まるで炎が燃え立つような輝く色に染まっていた。
「こ……これって」
「そなたが《黒狼王》の姿に変わったとき、その色になっていたのだが。目を覚ましてもそこだけはそのままのようなのだ」
「そ、そんな」
なんだか胸がどきどきしてくる。おろおろとみんなを見回したが、みんなも戸惑ったように互いに目を見かわしているだけだ。
が、インテス様は泰然とした態度を崩さなかった。
「どこか不調などはないかい? 目元に痛みや違和感があるとか」
「い……いいえ」
「そうか。ならばよいのだ」
言ってにこりと笑い、シディの枕辺に腰かけてそっと頭を撫でてくださる。
「そうですよね? 師匠」
「うむ」セネクス翁もうなずく。「オブシディアン本人が不調を来たしておらぬならば問題はないであろう。そもそもそれが、《黒狼王》としての本来の姿であっただけのことであろ」
「そ、そうなんですか……?」
「痛みなどがないのであれば問題はないであろ」
ウサギの医師キュレイトーも目を細めて同意してくれる。
うんうん、と穏やかに頷きあうイタチとウサギの老人ふたりは、なんだか見ていてとても可愛らしかった。
「しかし。なにかあれば、些細なことでもすぐに我らに報告はするのじゃよ」
「うむうむ。よいな? 約束じゃぞ」
「は、はい……」
そこまでで、ようやく皆は部屋から引きあげていった。シディにはまだ休息が必要だからである。
インテス様の目配せで最後にティガリエも退室していくと、部屋にはシディとインテス様だけになった。
事態が少しずつ説明されていくにつれて、シディもやっとほっとし始めた。
(これで終わり……? 本当にあの《闇》の勢力は世界から消え去ったのかな?)
まだ不安には感じるけれど、ともかくも目の前の大きな危険は過ぎ去ったということなのだろう。肩から大きな荷物がおりたような気がして大きく息をつく。そんなシディを見てインテスさまも微笑んでいた。
いつのまにか、場にはシディが覚醒したという報せを受けてかセネクス師匠やレオ、ラシェルタも集まってきてくれている。
「ようよう覚醒したのじゃな。重畳じゃ」とセネクス翁。
「お気が付かれてまことにようございました。一時はどうなることかと、みな気をもんでおりました」とラシェルタ。
ほかのみなも口々にシディの覚醒を喜んでくれる。部屋には温かな気遣いと喜びが満ちた。
「ほんと、お前が倒れてる間のこいつの顔、見せてやりたかったぜえ? 本来、皇子ならやんなきゃなんねえ仕事は山積みなのによー。隙あらばここへ入り浸るもんでよー」
レオは例によってこんな調子でインテス様をからかっている。
「しょうがねえから、仕事は全部ここへ運んでやってやがったのよ。見ろよ、このありさまを」
言われてみれば、普通寝室には置かないような大きめの執務机が持ち込まれ、その上にも周囲にも山と書類が積まれている。皇子の決済を待っているらしい秘書ら文官数名が、今この時も書類を持ってせつなげな顔で殿下を見つめている。その顔にはまぎれもなく「お願いですから仕事をしてください、殿下~!」と書いてある。
レオがたまらず「ぶはっ」と吹き出した。
「ほんっと、しょーがねえ皇子だろ?」
「……う、うるさいよ。レオ」
さすがのインテスさまもやや赤面して鼻から下を隠すようにしておられる。
「そう思うなら少しは手伝え」
「やなこった。書類仕事なんざ、どう考えても俺にゃ向かねえよ」
はあ、とひとつ溜め息をついてインテス様がセネクス師匠に向き直った。
「ところで師匠。シディの目のことなのですが」
「うむ」
(えっ……?)
そこではじめて、周囲の皆がまだ少しだけ心配そうな目をしていることに気付いた。自分ではまったくわからないのだが、みんななぜかシディの顔をそっと窺っている様子だ。
と、ラシェルタが「こちらを」と手鏡を持ってきてくれた。
不審に思いつつそれを覗きこんでぎょっとする。
(ええっ……!?)
一体どういうことなのだろう。
肌といわず毛色といわず、どこもかしこもすべて真っ黒だった自分の姿。もちろん目だって真っ黒だったはずなのに。
それがこの両目だけが、なぜか赤味を帯びた金色に変貌していたのだ。そこだけが、まるで炎が燃え立つような輝く色に染まっていた。
「こ……これって」
「そなたが《黒狼王》の姿に変わったとき、その色になっていたのだが。目を覚ましてもそこだけはそのままのようなのだ」
「そ、そんな」
なんだか胸がどきどきしてくる。おろおろとみんなを見回したが、みんなも戸惑ったように互いに目を見かわしているだけだ。
が、インテス様は泰然とした態度を崩さなかった。
「どこか不調などはないかい? 目元に痛みや違和感があるとか」
「い……いいえ」
「そうか。ならばよいのだ」
言ってにこりと笑い、シディの枕辺に腰かけてそっと頭を撫でてくださる。
「そうですよね? 師匠」
「うむ」セネクス翁もうなずく。「オブシディアン本人が不調を来たしておらぬならば問題はないであろう。そもそもそれが、《黒狼王》としての本来の姿であっただけのことであろ」
「そ、そうなんですか……?」
「痛みなどがないのであれば問題はないであろ」
ウサギの医師キュレイトーも目を細めて同意してくれる。
うんうん、と穏やかに頷きあうイタチとウサギの老人ふたりは、なんだか見ていてとても可愛らしかった。
「しかし。なにかあれば、些細なことでもすぐに我らに報告はするのじゃよ」
「うむうむ。よいな? 約束じゃぞ」
「は、はい……」
そこまでで、ようやく皆は部屋から引きあげていった。シディにはまだ休息が必要だからである。
インテス様の目配せで最後にティガリエも退室していくと、部屋にはシディとインテス様だけになった。
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