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第十章 決戦
11 混戦(2)
しおりを挟むシディはまっすぐに《黒い腕》に噛みついた。ギリギリと牙を立て、四肢を踏みしめて首を左右に振り回す。
「グルルッ、ガウルルルウッ」
狼としての唸り声とともに力いっぱいに食い破ろうとするが、やはり硬い。なにより、噛みついた場所から流れ込んでくる液体のひどい悪臭で頭痛とめまいがする。気をしっかり持っていないと失神しかねないほどのひどさだ。
「みな、加勢するのじゃ」
セネクス翁の声が遠くに聞こえたと思ったら、老人は「ほっ」という掛け声とともに素早く何かの保護魔法をレオとティガリエに与えはじめた。それに倣って魔導士たちも、ようやくのことで体勢を立てなおし、それぞれに呪文を唱えたり指で印を切ってみたりしはじめる。
すると、みるみるうちにレオとティガリエの身体が七色の光をまといはじめた。ふたりの得物それぞれにも神々しい守護と攻撃の魔法が付与されていく。
「よいぞ、両人とも」
「あんがとよっ、じいさん!」
叫ぶなり、レオはティガリエとほんの一瞬目を見かわすと、ともに《腕》に向かってダッと跳躍した。
ふたりの得物がズグッと生々しい音をたてて《腕》に食い込む。以前ならあまりの硬さに跳ね返されていたはずだが、今回はどうにか歯が立つようだ。ふたりの刃はぐいぐいと斬りこみを深くしていく。両名とも肩と二の腕の筋肉が盛り上がり、その上にビキビキと血管が走っていく。
「グゲアオオオオッ」
「ギィヤアアアアア──ッ!」
《闇》たちの絶叫が轟きわたる。耳がバカになってしまいそうな騒音だ。シディは自分の牙にさらに力を籠めた。顎の中で悪臭まみれの《闇》の肉がぐずぐずと力を失っていくのを感じる。最後にぶん、と首を大きく振った瞬間、《腕》の肉をかなり大きく食いちぎることに成功した。と同時に、悪臭を放つ黒い液体がビシャアッとそこらじゅうに撒き散らされた。
「ヒギイイィイ! ギャアエアアアッ」
魔導士たちが「ひいっ」と耳を塞いで体を丸めているのを目の端に捕捉する。人によってはこの悪臭や絶叫に耐えられず、手で耳や鼻を覆っている者もいる。
「臆するでない! ここが正念場ぞ。守護魔法の供給を絶やすでないっ」
「は、はいっ……!」
セネクス翁の声に励まされ、魔導士たちが次々とまたレオとティガリエ、それにシディにも守護魔法を上掛けしてくれる。強大な相手による攻撃を受ければ受けるほど、守護魔法の持続時間は短くなりやすいからだ。
シディはまた《腕》のほかの部位に跳びかかり、臭い肉に思いきり牙を立てた。前足の爪でも、針のような黒い剛毛に覆われた肌をがむしゃらに引っ掻きまくる。
「おらあああッ」
「ふんっ」
レオとティガリエの剣捌きはさすがに素晴らしかった。まるで巨大な丸太でも切るようだ。みるみるうちに《腕》の切れ目を広げ、すでに切断しかかっている。
《闇の腕》は必死で暴れまわり、耳がおかしくなりそうな大音声で悲鳴をあげ続ける。だがそれでもまだしぶとくインテス様を狙う様子だった。黒く長い爪ががりがりと地面を削りながら、じわりじわりとインテス様のいる大岩に近づこうとしているのだ。
(させるもんかっ……!)
シディは顎と前足にさらに力を籠めた。先ほどよりさらに大きく肉を食いちぎり、削りとる。すぐ先ではレオとティガリエが、遂に《腕》を分断しかかっていた。
もう一歩。あと皮一枚だ。
「ここからじゃ。みな、気を引き締めるのじゃぞ!」
セネクス様の声に、みながハッと緊張を取り戻した、その時だった。
噛んでいる《腕》の皮膚の下から、なにか得体の知れないものがふつふつと湧き上がってくる感じがした。
(ううっ……?)
このうえなくイヤな感じ。身体じゅうの毛が全部、ぞくぞくと逆立っている。
それは本能のひらめきだった。シディは即座にインテス様に向かって吠えた。
《危ない! さがって!》
シディは稲妻の速さで《腕》から飛びのき、その場にいる全員に届くよう《念話》で叫んだ。
《みんなさがって! さがってください……!》
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