白と黒のメフィスト

るなかふぇ

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第十章 決戦

10 混戦(1)

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 時を置かず、《荒布》の周囲には魔力の嵐が舞い狂いはじめた。レオは強風でも轟きわたる雄叫びをあげた。

「飛ばされんな! 体を低く! 物陰に隠れろ。近くのヤツと肩を組めェ!」

 兵と魔導士たちが慌てて互いに肩を組みあい、体勢を低くしたり大岩の陰に隠れたりしたのを見届けて、レオは再び《荒布》に目を戻した。
 こちらを背にして前に立ちはだかる一匹の巨大な狼。その背に乗った黄金色の髪の青年。ふたりは今や完全に力を合わせて《闇》への攻撃を強めていた。

(すげえな、こりゃあ)

 白く輝く狼の威圧感は凄まじかった。魔力の圧力が強すぎて、気を抜くと頭を抑えこまれ地面に膝をつきそうだ。その魔力は気の弱い者ならとっくに気絶しているほどのものだった。様々なものが飛んできて体にぶち当たり、物理的にも非常に厳しい。目を開けているのがやっとの状態だ。
 白狼はそんなことはいっさい意識の外であるらしい。ただひたすら、全身全霊をかけて《闇の皿》を封じ込めることに集中しているのだろう。
 時おりその口から狼としての長い雄叫びが漏れでる。場には狼の声と《闇の皿》の断末魔、そして強風の轟音が満ちあふれ、ほとんど阿鼻叫喚のていだった。
 轟音にかき消されそうになる中、切れぎれにインテスの声が届く。

「頑張れ、シディ! 頑張れ……!」

 レオはガッと目を見開くと、そばにいたセネクス翁とひとりの高位魔導士を小脇に抱えあげて地面を蹴った。なにを指示する必要もなく、ティガリエも同様に近くの魔導士ふたりを抱えあげて一足飛びにやってくる。ほとんど阿吽の呼吸だ。
 それはセネクス翁も同じだった。

「シディの補佐をするのじゃ! 殿下と呼吸を合わせよっ」
「はっ、はいっ」

 レオとティガリエが魔導士らの周囲を固め、飛んでくる石やら土くれの塊、木の枝などを打ち払う。

「ウウッ……グウウウッ」

 見れば巨大な狼は口の端から血の泡を吹いていた。相当に苦しいらしい。凡人からは無尽蔵に思える魔力もすでに限界が近いのかもしれなかった。そうでなくてもあちら側で何日もインテスを探し回ったあとなのだ。いかな大狼といえども体力の限界がきているのだろう。背に乗ったインテスは、自分も限界の状態で魔力操作をおこないながら必死で彼を励ましつづけているのだ。
 そのインテスも、近くで見ればひどくやつれているのがわかった。レオは必死に自分を制しなくてはならなかった。
 隊長の自分がいまここで動揺すべきではない。当然だ。

(くそっ……)

 ギリリと奥歯を噛みしめる。じわりと血の味がした。
 と、そのときだった。

《大丈夫です、レオさん》
(え?)

 いきなり頭の中でシディの声がした。

《どんなことがあってもオレ、インテス様は守るから。心配しないで》
(お、おめぇ──)

 ほんの一瞬だが呆気にとられて、危うく隣の魔導士に石が激突するところだった。それを急いで拳で叩き落とし、狼に向き直る。
 ほんとうにわずかだが、狼の金赤の瞳と目が合った。
 レオはにやりと片頬を引き上げた。

(言うようになったじゃねえかよ。んじゃ、せいぜいよろしく頼まあ)

 が、次の瞬間狼は牙を剥きだし、凄まじい唸り声をあげた。それは《荒布》の口から巨大な黒いものがにゅっと出て来たのと同時だった。

「ちいっ。またかよ!」

 それは前回、インテスを奪い去ったあの不気味な黒い腕だった。《荒布》の口が相当締まった状態のため、付け根の部分が奇妙に絞られて干した果物のようにしわくちゃになっている。

「グガガ……グオオッ、グオオオンッ」

 不気味な咆哮が轟きわたり、大きな黒い爪がまたもやインテスに襲い掛からんと迫って来た。

「逃げろ! インテス!」

 レオが叫んだのと、狼が飛びすさったのとはほぼ同時だった。巨大な腕の攻撃をすんでのところでかわして岩陰に飛び込み、すぐさま体を低くしてインテスを地面に降ろしている。

《インテス様、降りて! 隠れててください!》

 それもまた瞬くほどの間のことだった。狼は再び高く跳躍すると、ひと声叫んで黒い腕に飛び掛かっていった。
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