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第十章 決戦
3 灯り
しおりを挟む広がった《魔力の荒布》が上から被さり、禍々しい《黒い皿》の姿を隠していく。すると、先ほどまで場に充満していたひどい悪臭が心なしか和らいだ。
(ゆっくりと……慎重に。慎重に──)
シディは引き続き自分にそう言い聞かせながら、《魔力の腕》を使って布を丁寧に《皿》の下側へ巻きこみ、すっぽりと包みこんだ。それはちょうど、立った皿を上から布でくるみこんだような感じだった。
「包めました、師匠」
「うむ。では少しずつ力を加えて参ろう」
セネクス翁が合図すると、ラシェルタ以下の魔導士たちが次々に《皿》に向かって構えの姿勢をとった。
シディは《魔力の腕》で《皿》を荒布の上からゆっくりと握りこんだ。布の口のところをしっかりと握り、《皿》がはみ出ないように細心の注意を払う。
そこからゆっくりと、少しずつその口を上へと絞りあげはじめた。それに応じて《皿》がわずかずつ小さくなっていく。
(うっ……!)
とたん、地面がビリビリ震動しはじめた。と同時に布の中から凄まじい咆哮が轟きわたる。
「ギィエアアア──!」
「グオオオオオウン……!」
「グギェアアアアッ」
魔獣たちの断末魔だろうか。それは地獄の底から響きわたってくるような、恐怖と暗鬱の権化の声だった。
《皿》からの反発が強くなるにつれ、シディに跳ね返ってくる圧力も大きく重くなっていく。だがここでへこたれるわけにはいかない。ここで負けてしまえば《布》はあっという間に霧散してしまうだろう。
「ううっ……」
ひどいめまいと頭痛、そして吐き気を感じ、シディは片膝をつきそうになった。
「オブシディアン様!」
危ういところで背後からティガリエが支えてくれる。
シディはえずきを堪えるのに必死で礼も言えない。
本当にすさまじい力だ。こんな力が世界に広がってしまったら、小さな虫一匹ですら生き残ることは難しいだろう。
世界は《闇》に飲み込まれる。あとには何も残らない。ただただ《無》になっていくばかり。
そんなことは許すわけにはいかない。
(──でも)
実はこんな混乱の中でも、シディの鼻と耳はずっと、とある存在のありかを探り続けている。
もしもこの作戦中、わずかでもかの方の匂いを感じたら。
そのときは、みなに後を任せてお探ししに行く。どんなことをしても見つけ出してみせるのだ。
これは以前からセネクス様にずっとお願いしてきたことだった。
セネクス様はそのとき、長いこと沈黙した上で、こうおっしゃったのだ。
『やむを得ぬ。了承しよう。ほかならぬ《救国の半身》の望みとあらば』──と。
「ぐう……っ」
体じゅうの細胞という細胞が、棘だらけの鞭でごりごりと削られていくような激しい痛みが襲ってきた。
目から滴りつづけているものは涙だと思っていたら、ふと見るとそれは真っ赤な雫になっていた。
「こたえて……インテス様っ!」
シディは構わず絶叫した。あらん限りの力をふりしぼって。我が胸を叩き、喉から血が迸る勢いで。
「こたえてくださいっ! オレはここにいます。ここにいるっ!」
そうだ。あなたのシディはここにいる。世界で唯一、あなたの《半身》である自分は、ここに!
「もしも生きていてくださるなら……どうか、オレの声にこたえて。お願いです、インテス様あぁ──っ!」
そのときだった。
脳の中心に、「ぴかん」と灯りがともった。
そんな感覚が走ったのだ。
「ハッ……」
必死で真っ赤な視界の中で目をこらし、耳をそばだてる。鼻をひくつかせる。
(これは……!)
言葉で何かを説明する必要はなかった。というか、そんなことは不可能だった。
だからセネクス翁にひと言「お願いします!」と叫ぶやいなや、シディは後も見ないで駆けだした。
まっしぐらに。《皿》を閉じ込めている《荒布》の口へ。
「オブシディアン様!」
遠いティガリエの叫びを背中で聞いた。
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