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第九章 暗転
7 特訓
しおりを挟むそこからまたシディの修行が始まった。
今回シディは、これまでが飽くまでも「初心者向け」の修行だったのだということを骨身に染みて分からされることになった。それほど、修練は苛烈を極めたのである。
魔塔の中心部にある円形の魔術訓練場で、シディはくる日もくる日も修練に励んだ。
「魔力を溜める時間が遅すぎる。今の半分、いや四分の一の時間で同じことができるようになるまで繰り返すのじゃ」
「はいっ」
ほかの仕事をいったんすべて棚上げにして、セネクス翁自身が師匠を務めてくださる。非常に多忙なこの老人をたったひとりで専有している形であり、申し訳なさは一入だったが仕方がなかった。今はまず何よりも、殿下をお救いするため、《黒い皿》を撃滅するため、最大限の努力をするべき時だから。
ティガリエとラシェルタはつねにシディのそばにいて、護衛とともに何くれとなくシディの世話を焼いてくれていた。
魔術のみならず武術の訓練もこなしていたから、一日の終わりには泥のように疲れ、打ち身だらけになってその場に倒れこむのがシディの日課のようになっていた。気がつけばティガリエとラシェルタがシディの身体をきれいにし、《治癒》や《回復》の魔法を使い、入浴させて寝台につれていってくれている。
非常に申し訳なかったけれど、そんなことをひと言でも言ったが最後、二人とも「左様なことは申されますな」と、むしろ憮然とするのでかえって困った。
ともあれそのお陰があってこそ、訓練を継続できたのだと思う。
以前とは比べものにならないほど厳しい訓練になったけれども、シディはいっさい弱音は吐かなかった。それどころか、「もっと。もっとやれます。もっと!」と言って師範である人たちを困らせるほどだった。
(絶対に負けない。絶対に絶対に、やりとげて見せる)
そして絶対に、あの方をお救いするのだ。
今や《魔力の壺》を作るだけでなく、そこに溜めた魔力を操作して《皿》を封印するための術も教えてもらい始め、シディに掛かる負荷は膨大なものになっている。当然だ。本来であればふたりの《半身》で分け合うはずの仕事を、シディひとりが一手に引き受けているのだから。
その魔力だって、常人であればとっくに血を吐き、人事不省に陥り、最悪は命を落とすほどの量に達している。それは間違いなく《半身》のシディだからこそ耐えられる修行だった。いや、そのシディでさえひとつ集中を欠けば危ないほどだ。
それでも決して音を上げない。
今の自分にできるのはもう、これしか残っていないからだ。
「焦るでない、オブシディアン。物事には順序というものがある。習ったことが身につくまではどうしても時を要するものじゃ。よく休むことも訓練のうちぞ」とセネクス翁に諭されて、ようやくしぶしぶ訓練場から離れることも多かった。
一日の終わりにはぐったりして目をあけることも腕をあげることも億劫になっている。立っていることすらできないことも多い。そんなシディを軽々と抱えて、ティガリエは日々いそいそと入浴や食事や就寝の手伝いをしてくれた。
湯舟に浸かって、身体や髪を洗ってくれるティガリエに、シディは毎日のように訊ねた。
「ねえティガ。オレ、ちゃんと成長してる? ちゃんと魔法も、武術も……うまくなってる?」と。
「無論にございまする」
ティガリエはいつもそう答えた。
「さすがは《半身》様にござりまする。凡庸の者ではここまで急速に上達することはまずございますまい」
「そうだったらいいんだけど……」
鼻から下を湯舟に浸けて、ぷくぷくと泡を吐き出す。
訓練の間はとにかく必死で夢中で、悩んだり嘆いたりしている隙なんてない。それがむしろ助かっていた。しかしこうして少しでも落ち着く時間ができると、急になにもかもが不安になる。足もとの地面が全部崩れて、奈落の底へ落ちていくような錯覚を覚える。
毎日毎日、見るのは悪夢だ。
あの方が本当に消えてしまう、あるいは目の前で血みどろの死体に変わってしまっている夢──。
「ご案じ召さるな。オブシディアン様は素晴らしき才能をお持ちにございまする」
「本当に?」
ティガリエがうなずくと、その背後で衣類などの用意をしていたラシェルタも呼応するようにシディを見てうなずいてくれる。表情に乏しい人だが、心の中まで乏しいわけではないことが、このところ少しずつ分かるようになってきた。
「そう……。よかった。もっともっと頑張るよ。オレ……」
そんなことを言いながら、うつらうつらと眠ってしまう。そんな日々が続いた。
レオがやってきたのは、あれから十日ほど経ってからのことだった。
「ええい、クソがあ!」
やってきた第一声がそれだった。
憤懣やる方なし、といった形相で大股にセネクス翁の執務室にやってきたレオはしかし、シディの顔を見るなりハッとしたように悲しそうな目になった。
「おお、シディ。その……元気、か……じゃねえ! 悪い、すまねえそうじゃねえわな」
「元気なはずがないのに何をいってるんだバカか俺は!」と自分自身を叱咤しているのがよくわかる顔だ。
この人もとてもいい人だ。最初はちょっと怖いなんて思ったけれど、今はもう大好きだ。
そして同じようにインテス様を失った痛みに耐えながら自分の仕事をしてくれている、とても大切な人なのだ。
そう思うと、自然に笑みを作ることができた。
「いえ。オレは大丈夫です。それより、帝都でなにかあったんですか?」
「おお、それよ」
ぶふーっと鼻息を吹き出して、レオはどすんと来客用の椅子に座った。
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