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第九章 暗転
5 希望
しおりを挟むティガリエに付き添われて外に出ると、そこにはレオの配下の兵たちが二十名ばかりと、魔導士十数名が待っていた。ラシェルタもいる。彼は一度、レオたちを帝都に送るために付き添ったが、シディのために戻ってきたとのことだった。
みなはシディを見たとたん、まるで皇子に対するかのような深い礼をした。シディはびっくりして飛びあがった。
「あっ、あのっ……やめてください。オレはそんな──」
「とんでもないことにございます、オブシディアン様」
答えたのはラシェルタだった。
「今やあなた様は、インテグリータス殿下をお救いし、この世界を救うための希望でいらっしゃいまするぞ」
「インテス様を、お救い……」
その言葉を聞いたとたん、きゅっと胸が痛んだ。
救えるのだろうか? 本当に?
自分にはいまだ、あの方の痕跡すら追うこともできないのに……?
ひどく暗い目になったであろうシディを見て、兵らや魔導士たちが戸惑った様子を見せる。と、ラシェルタとティガリエが敢えて自分の身体でシディを隠すようにした。
ラシェルタがそっと耳打ちをしてくる。
「オブシディアン様。みなが不安になりまする。今は嘘でも『インテグリータス殿下をお救いする』という態度でいてくださいませ」
「あ……。う、うん。わかった……」
そうだ。みんな不安なのだ。《救国の半身》のお一人が奪われて、この先どうなるかまったくわからない。ひとり残った《半身》は、もうお一人に比べるべくもない、こんな瘦せこけた黒い少年。頼りなさで言ったら最上級だろう。ここで自分が打ちひしがれた様子を見せれば、かれらはもっともっと不安になるにちがいないのだ。
(それでは……ダメなんだ)
シディは魔導士としてのマントの下でぐっと拳をにぎった。
弱気になっている場合ではない。気配は感じられないとしても、だからすべてが絶望的だということではないかもしれないではないか。希望は絶対に失ってはいけないのだ。きっと。
自分が諦めてしまったら、きっとすべてが終わってしまうのだから。
「あまり時がありませぬ。帝国からこちらへ向かおうとする、我らとは関わりのない怪しき部隊があるとの情報も」
「えっ」
まさかと思ったが、やはり本当にそんな不届きな勢力が存在するのだろうか。
「今すぐに跳びますれば、いささかもご心配には及びませぬ。一刻も早く魔塔に入られるのがよろしいかと」
「はっ、はい……」
ティガリエとともにラシェルタに近づくと、事前に申し合わせていたらしい魔導士と兵士が数名ずつ、すばやく近寄ってくる。
「では、参りますぞ」
皆がうなずくのを確認して、ラシェルタが《飛翔》の魔法を使った。
◆
魔塔には、例によってさほどの時間もかからずに到着した。
今回はすでに連絡が行っていたらしく──優秀な魔導士たちは《念話》の魔法や魔石を使うことで互いに連絡が取り合えるのだ──入口のところまで老齢のセネクス翁が迎えに出てきてくださっていた。
そのおっとりとした優しいイタチ顔を見たとたん、シディの眼前はぶわっと熱く曇った。転がるように駆けだし、師匠の足元に倒れ込む。そのまま翁の足にしがみついてむせび泣いた。
「師匠……! ごめんなさい、ごめんなさいっ……オレ、オレ──」
「オブシディアン様。いやシディ。さあさあ、左様なことはおやめくだされ。今は疾く疾く中へ参りましょうぞ。話はそれからゆっくりと。のう?」
「師匠……」
大粒の涙とともに声をつまらせ、しゃくりあげるばかりのシディを抱えるようにして、翁はそのまま歩き出した。みながぞろぞろとあとに続く。そのまま翁はシディをご自分の執務室へと招きいれてくださった。
ティガリエとラシェルタだけが入室を許可される。
セネクス翁の側付きを務める者が茶などを用意するしばしの間、シディは必死に嗚咽をこらえながらうつむいていた。
やがて側付きの者が辞していくと、セネクス翁はゆっくりと口を開いた。
「そう嘆くことではないぞ、シディ」
「で、でも──」
「そなたの働きについては詳しく聞き及んでおる。魔法を習い始めて日も浅いそなたとしては十分、いやそれ以上の働きであった、と」
「でもっ……!」
それでインテス様を奪われていたらしょうがないではないか。自分ひとりがいるだけでは、何ほどのこともできはしないというのに!
シディは我が胸を両の拳で叩きながら絶叫した。
「オレがもっと……もっともっともっと! 頑張っておけばよかったのです。もっともっと……気を失うまで、いいえ、血を吐いても死にかかってでも、練習すればよかったのに。そうしていれば──」
「ならぬぞ、シディ」
翁の声はごく柔らかではあったが、ひどく毅然としたものだった。とてもではないが言い返す隙など見いだせないほどの、不思議な気迫を放っていた。
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