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第九章 暗転
1 神官団
しおりを挟む討伐戦が始まった。
例の神殿の三人組は、今回の戦いに向けて自分たちだけのための神官団二十名をともなってきていたが、話し合いの末、一応かれらはレオの配下に入ることとなった。
「レオに隊長を任せておいて正解だった」
この件を教えてくれたとき、インテス様は特にこだわりのない笑みを浮かべてそう言った。
「もしこれが『私の配下に』という話だったら、恐らく難色を示されていただろうからな」
レオをはじめとして、先発隊はすでにみな出発しており、その最後の《跳躍組》がシディたちと神官団だった。いつものようにこちらにはティガリエとラシェルタ、それにインテス様の護衛武官数名がつき従ってくれている。
例によって《跳躍》はあっという間にみなを問題の島へと連れていった。
今回の島は帝都から見てはるか北西の辺境に位置していた。
《黒い皿》は今までのものよりさらに大きいもので、そこからこぼれ出てくる魔獣たちの身体も魔力の強さも格段に大きくなっている。
レオやインテス様たちを待つあいだ、副官の指揮のもと、兵らはよく魔獣の攻撃をしのいでくれていたらしい。《皿》の周囲の環境はさほど汚染されていなかったし、山肌が削られて崩れているような箇所も見当たらなかった。
だがその一方で死傷者の数は今までの比ではないらしい。
今回、さらに二個中隊が投入されて討伐隊の人数は膨れ上がっているにも係わらず、一体一体の魔獣を殲滅するのに時間をとられ、そのぶん怪我人も増えていっているという。
現地に着くとすぐ、シディはインテス様について《黒い皿》の地点へ向かった。
(うっ……。大きい)
話には聞いていたけれど、実際に目の前にすると足が竦んだ。それは先日、あの牛頭をもった魔獣が現れた《皿》のさらに二倍ほどの直径をもっていたのである。《皿》はそれでも真っ黒な顔を晒しているばかりで、ときどきその黒い目んからうねるように魔獣が顔や体の一部を現わしていた。
鈎針のような巨大な爪の生えた爬虫類らしいものの足だったり、薄気味の悪い咆哮だけであったり。そういうものが現れるたびに、周囲に立ちこめたなんとも言えない悪臭がきつくなる気がする。
《皿》の周囲には前回よりもさらに大人数の魔導士たちが集まって魔力障壁を作り出し、なに者も出てこないようにがっちりと固めている。魔力障壁は精霊の属性に合わせて七色に輝く円盤になって空中に現れていた。
魔導士たちが口の中で唱える詠唱が、ときおり低く耳に届く。彼らも上級魔導士なので、基本的に詳しい詠唱は必要ではないはずなのだったが、これだけ長時間、しかも強力な魔力障壁を維持するためにはかなりの労力と集中力が求められるものらしい。
事前の作戦計画が簡潔にレオの口から伝えられ、シディはインテス様とともに配置についた。《皿》の真正面にあたる位置である。神官団はというと、そこからすこし右側にずれ、《皿》を少し斜めから見る位置に陣取っている。
「おっし、野郎ども。ようやくお待ちかねの《半身》サマがいらっしゃったかんな。今回はなんと、神殿のミナサマもご一緒とくらあ」
いつものようにレオがいかつい肩に大剣をひょいとのせた格好で見回すと、一同が無言のままこちらを見たのが空気でわかった。
兵士たちも魔導士たちも、その眼差しの中に複雑な思いを抱いていることを含ませているように思われた。そしてそれはきっと、シディの思い過ごしではないはずだ。
「とはいえ気を緩めるんじゃねぞッ。障壁はいつもの通り、少しずつ解除だ。まずは《皿》を縮小させる」
周囲から「おう」とか「はっ」とかいう応えが聞こえた。
もちろんシディはすでに精神集中に入っている。インテス様と魔力の流れを合わせ、いつものように想像上の《魔力の壺》に自分の魔力を溢れるほどに注ぎ入れた。もちろんこれで足りるとは思えないので、常に魔力を供給しつづけていく必要がある。
「そろそろいいか?」
「ああ。いつでもよいぞ」
レオの問いに答えたのはインテス様。
「っしゃ。んじゃあいっくぜ~。魔導士隊、第一。障壁解除!」
レオの声は落ち着いていて低いものであるにも係わらず、場のみんなの耳によく通る。短気で明るい性格をアピールしているようでいて、実は常に冷静沈着で戦況の観察眼にも優れたすばらしい指揮官だ。
レオの声に応じて、前のように《皿》のすぐそばにある魔力障壁がひとつ、またひとつと薄くなって消失しはじめた。
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