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第八章 神殿の思惑
10 最高位神官サクライエ
しおりを挟む「要は、サクライエにも焦りが生じたということのようだな」
その夜、客人たちを寝室に引き取らせてから、インテス様はシディとレオ、ラシェルタ、ティガリエを集めてひっそりと話をした。場所はセネクス翁の私的な部屋である。つまり当然、セネクス様もいらっしゃる。
一応密談ということで、最初にまずセネクス翁が部屋全体に《防音》の魔法を施してくださっている。今までなら必要のなかった作業だが、魔塔に神殿の連中を引き入れている今、用心するに越したことはない。もちろん客人たちの周囲にも「世話係」と称する監視役が数名つけられている。
報告はおもにインテス様とレオ、ラシェルタによって行われた。
帝都に戻った三名がなにほどの休む間も与えられないうちに、その男はやってきた。スピリタス教の神殿の長、最高位神官サクライエである。
皇帝の謁見の間にやってきたその男は、一見すると純粋な人間であるらしい。高貴な家柄であることは間違いないようだが、出生には色々と疑問点も多いらしい。
いかにも「純粋な人間でござい」という外見ではあるが、べつに皇族でもその親類縁者ということでもないというのだ。彼の名は、どこの王侯貴族の系譜にも載っていない。
噂によると、親は獣の形質を持つ人たちだったらしい。
だが、実はときどきこういうことがあるのだ。獣の形質を持つ両親から生まれても、まるで純粋な人間であるかのような外見を持つ子になると言う場合が。
ともかくも。
このサクライエがスピリタス、すなわち精霊の神々に身も心も捧げた人だ──というのは、紛う方なき建て前である。レオなどに言わせれば「ありゃあ立派な破戒僧だぜ」ということになるからだ。ぶくぶく太った血色の悪い顔は実際、あの皇帝といい勝負であるらしい。
話を聞くうち、シディは次第に「げ~」という気分になった。
精霊信仰に心酔する王侯貴族の面々と、つらい生活から信仰に救いを求める民衆らの寄進によって神殿は成立している。
貴族のそれはともかく、貧しい庶民の寄進というのはまさにかれらの血肉のようなものだ。だというのに、サクライエとその側近たちはその寄進によって日々豪勢な暮らしを楽しんでいる。それもこれも、「精霊神さまのご祝福である」というわけだ。
一方で、貧しさに食いつめたり、かつてのシディのように幼さと貧しさゆえに搾取され、行き場を失った者らが救いを求めてやってきても、おざなりの「祝福」を与えて返すぐらいのことで、大した力になるわけでもない。それでも庶民はその「祝福」をありがたがるのだ。
もっとよろしくない噂もある。救いを求めて来た者のうち、若く見目のよい少年少女たちは、神殿の雑用係などと称してそのまま雇われることが多い。それだけならいいのだったが、その後の消息がわからなくなる場合が多いのだという。
一説には神官たちの夜の相手をさせられているとも、なにかの儀式のための捧げものとされているとも言われているが、実態は不明だ。
だが、そうした訴えが皇宮にもたらされることがあっても、基本的に皇帝は神殿の問題には手を出さない。大きな協力もしない代わりに深く干渉もしない。それがこの長年の皇宮と神殿の関係なのだ。
かつての《半身》による「事件」以来、白と黒の精霊については「邪神よ」いい、「《半身》はその手先よ」という信条を曲げない神殿なのだったが、このサクライエは特にその信念を強く持つ人物だった。
ゆえに、今回久しぶりにインテス殿下と顔を合わせたときにも、それはそれは無礼な態度を取ったらしい。まるで地獄から現れた薄汚い魔族か、汚物でも見るような目で殿下を見下したというのだ。
見かねたレオが「もうちょっとでブッ飛ばしに行きそうになった」というのだから相当なものだった。
「ともかくだな」インテス様がセネクス翁の出してくれた茶をひと口すすって言った。「神殿の奉ずる五柱の精霊神を差し置いて、我らが勝手に《闇の勢力》を駆逐することだけは腹に据えかねるということらしい。……要は『神殿側にも相応の手柄が欲しい』と、そういうことだな」
「ったく、くだらねえ。そう思うんなら、最初っからきっちり協力しとけっつーのよなあ」
レオが「だはー」と息を吐き出す。つぎに口を開いたのはセネクス翁。
「まあ、我らがどれほどできるものかを見定めておったのであろう。できなかったらできなかったで『邪なる力だ』と証立てられ、切り捨てることもできるゆえな。あちらには何の損もないわけじゃ」
それに応えたのはラシェルタだった。
「セネクス様のおっしゃる通りにございましょうな。どうやら成功しそうだというところを見定めた上でようやく、自分も一枚噛む気になったというところでしょう」
「そればかりではないかと」
珍しく口を開いたのはティガリエ。
「作戦をいずれかの方法で邪魔するだけでなく、我らの瑕疵を見つけ出し……なければその瑕疵を作り出して、後々皇帝に奏上しようという魂胆やも。左様な可能性もなきにしもあらず」
「うへえ、サイテーかよ」
レオはやっぱり「めんどくせえ」を繰り返して鬣をガシガシかき回している。セネクス翁とラシェルタ、ティガリエはごく平静だ。いまさら驚くような情報は何もないからだろう。
なお、シディが隣の殿下にこそっと「カシってなんでしょう」と訊いてみたら「不出来なところ、失敗しているところ、というような意味だよ」と優しく耳打ちしてくださった。
「皇宮じゃ散々、『邪な力によってさらにこの地が穢れることがあってはなりませぬ』とかなんとか、わかったようなことをほざいてやがったがよ。要は手柄をまるっと奪われたくねえってこった。ここでなんにもしなかったら、国民からの信用もガタ落ちだかんな。今後の寄進だってガクッと減っちまうかもしんねえわけだし」
「まあ、そういう話だろうな」
インテス様が苦笑した。
「で? 神殿の三人はどう使う」
「それにございまする。せっかく構築した攻撃形態を彼らの勝手な行動で崩されるのはまずい」
「そう、それそれ」
「監視役は是非ともつけましょうぞ」
「おう、当然よな」
レオとラシェルタのやりとりに、周囲の皆が頷きあった。
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