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第八章 神殿の思惑
7 滅亡の時
しおりを挟む「数百年前。おそらく千年も昔かもしれませぬ。あなた様とインテス様の何代か前の《救国の半身》がこの世に生まれた時のことにございます──」
その頃、この地にはもっともっとたくさんの土地があったのだという。今のようにほとんどが海ではなく、比率でいえば十のうち三ほどまでは陸地がひろがっていたのだと。
そのとき、今回のように《闇の勢力》による干渉が始まり、その時代の《救国の半身》がふたり生まれてきた。かれらはもちろん、白の精霊と黒の精霊の力を得た者たちだった。
ふたりは当時の魔導士たちと力を合わせ、今回のようにことに当たった。魔導士というのは、当時はすべて神殿の組織の者たちだった。当時、信仰と魔術とは切り離せない関係にあったからである。かれらは精霊への信仰ゆえに魔力を有し、それを行使する人々だったのだ。
しかし、その時の《半身》たちは何らかの理由により、《闇の勢力》の台頭をある程度許してしまったのだという。
「そ、そんなことが……?」
「はい。一時、世界はほとんど滅亡する寸前まで行ってしまったようにございまする。それゆえ、海と陸地の多くが《闇》に飲み込まれて消えたのだと」
「そ、それで……」
いま、この世界にはこんなに陸地が少ないのか。
「大地とともに、多くの民も生き物たちも《闇》に飲み込まれて命を落としました。最終的に《半身》たちの命がけの魔法攻撃により、なんとかそれ以上の侵食を防ぐことはできたものの、その後の世界は相当疲弊したと」
それはそうだろう。
しかし、ということは──
「そのときの《半身》たちは《闇》との戦いで、し、死んだ……のですか」
ティガリエは重々しく、ひとつだけうなずいた。
「そうまでしてどうにかこの世界を救ったのにも係わらず、当時の権力者と民衆は神殿と《半身》を責めました。神殿の中でも様々に混乱し、意見が割れ……つまり精霊に対する『信仰』に皹が入った」
要するに、そのとき「白の精霊と黒の精霊は偽りの神々なのではないか」と疑問を持つ勢力が生まれた、ということだろう。
「遂に、《半身》が奉ずる白と黒の精霊を認めぬという勢力と、それでも《半身》と黒白の精霊を奉じてかれらに協力すると主張する勢力とに分断されることになったのです」
「それがつまり……いまの神殿と、魔塔なんですね」
「左様です。以来、神殿は白と黒の精霊信仰を退け、さきほどの五柱だけを信奉する組織となり、魔塔は魔塔で神殿のような精霊信仰とは切り離され、精霊の力をもって魔術をおこなうだけの集団として組織されていったようです」
だから魔塔の最高位魔導士セネクスは、「精霊に人間のような意思はない」と言ったのだろう。
ただし、こうした過去のできごとはほとんど記録に残されておらず、魔塔だけが古い口伝からどうにか書き起こしたものを持っているだけだ。当然、神殿はその正当性を疑い、認めていない。
ちなみに皇室はそれからずっと、魔塔と神殿の争いに関与しないという姿勢を貫いている。
こうして皇室と神殿、魔塔という三つの勢力がぎりぎりのバランスを保ったまま数百年を過ごしてきた……というのが、この世界の長い歴史であるらしい。
「とりわけ現在の最高神官サクライエは、《半身》に対する並々ならぬ憎しみと疑いを抱く者だと聞きます。インテス殿下が警戒されるのも当然。かれらは信仰を抱く者でありながら──いや、強い信仰を抱く者らであるがゆえ──インテス様やあなた様のお命すら狙いかねない者どもなのです」
「ええっ……」
「そもそも、長年かかって人々に『黒が忌み色である』という認識を植え付けつづけてきたのも魔塔にございます。そのために、あなた様があのように惨憺たる思いをせねばならない結果にもなったのでございます」
ですから、とティガリエが姿勢を正した。
「どうかオブシディアン様も、重々お気をつけくだされたく。彼らに係わってはなりませぬ。お一人で彼らに対処するなどということが決してなきよう、幾重にもお願いを申し上げまする」
「う、……うん」
すっと頭を下げられて、ごくりとつばを飲み込んだ。
そんな緊張状態にあったなんて。
でも、それではこの先どうなるのだろう。今はまだ、《闇の勢力》がこの世界にあり、《半身》に手出しはできない。でも、そのあとは……?
インテス様と自分は、いったいどうなってしまうというのだろう──?
(それに……)
話を聞いていて、シディの中にまた別の疑問が頭をもたげてきている。
ずっと昔、千年も前の《半身》のことはわかったけれど。それより以前、この世界はいったいどういう状態だったのだろう……?
「ともあれ。まずはお食事をなさいませ。今は体力を回復させることが第一ですぞ」
「あ。は、はい……」
ハッとして目をあげたら、目の前に美味しそうな粥や果物が並べられていた。
急にくるるっと腹が鳴る。
(うわっ……)
本当に、恥ずかしいといったらない。この腹の虫、もうちょっと主人の体面というものを考えてくれればいいのに!
その後、シディは全身を赤くしたまま俯いて、必死に食事を咀嚼するしかなかった。
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