白と黒のメフィスト

るなかふぇ

文字の大きさ
上 下
78 / 209
第八章 神殿の思惑

1 染み出す魔獣

しおりを挟む

 レオの予告どおり、シディはインテスさまに連れられてその日の午後から「闇の勢力掃討作戦」に向かうことになった。
 すでに先発隊のほとんどは、レオとともに先に現地に向かっている。
 例によって護衛のティガリエと魔塔から来た魔導士ラシェルタが同行していた。ラシェルタは前回と同じく優秀な《跳躍》の魔法を使い、あっというまに十数名の人々を現地へと運んでくれた。

 前回の小さな島と比べて、今回は少し大きな島だという話だった。前回の《黒い皿》はひとつだけだったが、今回の島には各所に大きな扉が開いてしまっているらしい。すでにそこから闇の生き物たちが溢れだしており、討伐隊はまずそちらの掃討から取り掛かっているとのことだった。
 帝国軍のために確保された安全地帯に降り立つと、インテス様はすぐに司令部にあたる天幕に向かった。シディもつき従う。
 横目でそっとうかがうと、医務班用の天幕らしい場所には負傷兵が何名も寝かされているのが見えた。そのそばにいるのは、《治癒》を使う魔導士たちと看護兵たちである。血と薬品のにおいが鼻を突き、慌ててシディは目をそむけた。

「よし、来たな。んじゃ早速こっちを見てくれ」

 部下らしい武官たちに囲まれて広げた羊皮紙を見つめていたレオが目をあげ、にやっと笑って迎えてくれる。この男はいつでもどこでもこうした余裕を失わない。
 大きめの羊皮紙にはこの島の地図らしいものが描かれていた。そのあちこちに黒い石が置かれている。これが《門》の位置らしい。魔獣たちはそこからどんどん現れて、最初は島全体に広がっていたのだが、レオたちの働きにより島の南東部、このあたり一帯だけはすでに平定済みだそうだ。

「まずは一番近場のここから閉じる。すでに道は確保した。魔導士と武官に案内させる。すぐに向かってくれ」
「了解した」

 ほとんどこれぐらいの言葉しか交わさないでもレオとインテス様とは十分に意思の疎通がはかれるらしい。シディにはそれがちょっと羨ましかった。

「危ないと思ったらすぐに《跳躍》で戻れ。あんたらがこの作戦のキモだからよ」
「わかっている」

 そのまま水を飲んだり簡単な食事をしたりしてわずかな時間の休憩をはさみ、インテス隊は出発した。
 安全地帯を出るとすぐ、周囲から不穏な魔獣の咆哮が轟きはじめた。

「グエエエエッ」
「ギャオオオン!」

 それとともに、魔導士たちが魔撃を放つ音や得物をふるう武官らの雄叫び聞こえる。空気は血なまぐさい臭いをはらみ、ぴりぴりと肌を刺すような緊張感と殺気に満たされている。
 シディはインテス様とティガリエに挟まれ、背後をラシェルタに守られながら歩いた。緊張しすぎて口の中がからからに乾いている。

「大丈夫だ、シディ。そなたのことは最後まで守るゆえな」
「……は、はい」

 そう答えたつもりだったが、喉と舌が貼りついたみたいになってうまく声が出せなかった。隣からインテス様の手がのびてきてそっと背をさすってくれる。

「そなたこそはこの討伐隊のかなめ。そして最後の砦だ。みな、そなたを守るためにここにいる。決して一人で我らから離れるでないぞ」
「はい──」
「キョエエエエエッ!」
「ひっ!」

 甲高い魔獣の声が響き渡るのと同時に、どおんと激しい音がした。あまりの大きな音に身をすくませ、思わず両耳を塞いでしまう。
 見れば、上空から襲い掛かってきていたらしい翼のある真っ黒な魔獣が、背後のラシェルタの魔撃によって叩き落されたところだった。いびつに曲がった背骨やしっぽに、コウモリのような翼がついたやつだ。顔はニワトリに似ている。
 魔獣たちは体液も黒い。そいつは腹にできた傷や口から黒いものをまき散らし、背筋の寒くなるような奇声をあげながら地面に激突すると、やがて動かなくなった。
 落ちた拍子に強打したらしく、首が変な方向に折れ曲がってしまっている。どろりとした真っ黒な体液が溢れだしてその場に池をつくり、そのまま砂に染み込んでいく。

 周囲を見回すと、似たような翼竜魔獣があちこちを飛び回っている。地上には四つ足のもの、二足歩行のものなど色々な形をしたのがうろうろしていて、近づくものから武官らの剣や魔導士の魔撃で粉砕されていく。
 三つ目のもの、一つ目のもの、頭から奇妙な角の生えているもの、いろいろなのがいた。足もとの砂には黒い体液があちこちしみこんで、奇妙なまだらの模様をつくっている。
 それにしてもそこらじゅう、ひどい臭いがする。鼻の利くシディにはこれがなによりつらかった。魔獣の数が多すぎて、悪臭の状態も前回の比ではない。
 シディは耳を塞いでいた手を今度は鼻先へもってきて、ぎゅっと押さえた。そうでもしていないと気が遠くなりそうなのだ。

 そこから阿鼻叫喚の中を、ずいぶん長く歩いた気がした。
 やがてようやく、先頭を歩いていた武官が片手をあげて立ち止まった。

「あれにございまする、殿下」

 彼が指さす先にあったのは、先日見たものの数倍はあろうかという、大きな《黒い皿》だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

狂わせたのは君なのに

白兪
BL
ガベラは10歳の時に前世の記憶を思い出した。ここはゲームの世界で自分は悪役令息だということを。ゲームではガベラは主人公ランを悪漢を雇って襲わせ、そして断罪される。しかし、ガベラはそんなこと望んでいないし、罰せられるのも嫌である。なんとかしてこの運命を変えたい。その行動が彼を狂わすことになるとは知らずに。 完結保証 番外編あり

大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!

みづき
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。 そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。 初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが…… 架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

皇帝陛下の精子検査

雲丹はち
BL
弱冠25歳にして帝国全土の統一を果たした若き皇帝マクシミリアン。 しかし彼は政務に追われ、いまだ妃すら迎えられていなかった。 このままでは世継ぎが産まれるかどうかも分からない。 焦れた官僚たちに迫られ、マクシミリアンは世にも屈辱的な『検査』を受けさせられることに――!?

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

親友と同時に死んで異世界転生したけど立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話

gina
BL
親友と同時に死んで異世界転生したけど、 立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話です。 タイトルそのままですみません。

将軍の宝玉

なか
BL
国内外に怖れられる将軍が、いよいよ結婚するらしい。 強面の不器用将軍と箱入り息子の結婚生活のはじまり。 一部修正再アップになります

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 設定ゆるめ、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。 ★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

処理中です...