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第八章 神殿の思惑
1 染み出す魔獣
しおりを挟むレオの予告どおり、シディはインテスさまに連れられてその日の午後から「闇の勢力掃討作戦」に向かうことになった。
すでに先発隊のほとんどは、レオとともに先に現地に向かっている。
例によって護衛のティガリエと魔塔から来た魔導士ラシェルタが同行していた。ラシェルタは前回と同じく優秀な《跳躍》の魔法を使い、あっというまに十数名の人々を現地へと運んでくれた。
前回の小さな島と比べて、今回は少し大きな島だという話だった。前回の《黒い皿》はひとつだけだったが、今回の島には各所に大きな扉が開いてしまっているらしい。すでにそこから闇の生き物たちが溢れだしており、討伐隊はまずそちらの掃討から取り掛かっているとのことだった。
帝国軍のために確保された安全地帯に降り立つと、インテス様はすぐに司令部にあたる天幕に向かった。シディもつき従う。
横目でそっとうかがうと、医務班用の天幕らしい場所には負傷兵が何名も寝かされているのが見えた。そのそばにいるのは、《治癒》を使う魔導士たちと看護兵たちである。血と薬品のにおいが鼻を突き、慌ててシディは目をそむけた。
「よし、来たな。んじゃ早速こっちを見てくれ」
部下らしい武官たちに囲まれて広げた羊皮紙を見つめていたレオが目をあげ、にやっと笑って迎えてくれる。この男はいつでもどこでもこうした余裕を失わない。
大きめの羊皮紙にはこの島の地図らしいものが描かれていた。そのあちこちに黒い石が置かれている。これが《門》の位置らしい。魔獣たちはそこからどんどん現れて、最初は島全体に広がっていたのだが、レオたちの働きにより島の南東部、このあたり一帯だけはすでに平定済みだそうだ。
「まずは一番近場のここから閉じる。すでに道は確保した。魔導士と武官に案内させる。すぐに向かってくれ」
「了解した」
ほとんどこれぐらいの言葉しか交わさないでもレオとインテス様とは十分に意思の疎通がはかれるらしい。シディにはそれがちょっと羨ましかった。
「危ないと思ったらすぐに《跳躍》で戻れ。あんたらがこの作戦の肝だからよ」
「わかっている」
そのまま水を飲んだり簡単な食事をしたりしてわずかな時間の休憩をはさみ、インテス隊は出発した。
安全地帯を出るとすぐ、周囲から不穏な魔獣の咆哮が轟きはじめた。
「グエエエエッ」
「ギャオオオン!」
それとともに、魔導士たちが魔撃を放つ音や得物をふるう武官らの雄叫び聞こえる。空気は血なまぐさい臭いをはらみ、ぴりぴりと肌を刺すような緊張感と殺気に満たされている。
シディはインテス様とティガリエに挟まれ、背後をラシェルタに守られながら歩いた。緊張しすぎて口の中がからからに乾いている。
「大丈夫だ、シディ。そなたのことは最後まで守るゆえな」
「……は、はい」
そう答えたつもりだったが、喉と舌が貼りついたみたいになってうまく声が出せなかった。隣からインテス様の手がのびてきてそっと背をさすってくれる。
「そなたこそはこの討伐隊の要。そして最後の砦だ。みな、そなたを守るためにここにいる。決して一人で我らから離れるでないぞ」
「はい──」
「キョエエエエエッ!」
「ひっ!」
甲高い魔獣の声が響き渡るのと同時に、どおんと激しい音がした。あまりの大きな音に身を竦ませ、思わず両耳を塞いでしまう。
見れば、上空から襲い掛かってきていたらしい翼のある真っ黒な魔獣が、背後のラシェルタの魔撃によって叩き落されたところだった。歪に曲がった背骨やしっぽに、コウモリのような翼がついたやつだ。顔はニワトリに似ている。
魔獣たちは体液も黒い。そいつは腹にできた傷や口から黒いものをまき散らし、背筋の寒くなるような奇声をあげながら地面に激突すると、やがて動かなくなった。
落ちた拍子に強打したらしく、首が変な方向に折れ曲がってしまっている。どろりとした真っ黒な体液が溢れだしてその場に池をつくり、そのまま砂に染み込んでいく。
周囲を見回すと、似たような翼竜魔獣があちこちを飛び回っている。地上には四つ足のもの、二足歩行のものなど色々な形をしたのがうろうろしていて、近づくものから武官らの剣や魔導士の魔撃で粉砕されていく。
三つ目のもの、一つ目のもの、頭から奇妙な角の生えているもの、いろいろなのがいた。足もとの砂には黒い体液があちこちしみこんで、奇妙なまだらの模様をつくっている。
それにしてもそこらじゅう、ひどい臭いがする。鼻の利くシディにはこれがなによりつらかった。魔獣の数が多すぎて、悪臭の状態も前回の比ではない。
シディは耳を塞いでいた手を今度は鼻先へもってきて、ぎゅっと押さえた。そうでもしていないと気が遠くなりそうなのだ。
そこから阿鼻叫喚の中を、ずいぶん長く歩いた気がした。
やがてようやく、先頭を歩いていた武官が片手をあげて立ち止まった。
「あれにございまする、殿下」
彼が指さす先にあったのは、先日見たものの数倍はあろうかという、大きな《黒い皿》だった。
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