白と黒のメフィスト

るなかふぇ

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閑話 レオ

閑話(2)

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 さてその皇子が、いったい自分になんの用があるというのか。

「そなたも存じているように、私はずっとある人を探し続けている。どうかその腕と人望をもって手助けをしてもらうわけには参らぬか」
「手助けっつってもよ……。『だれかを探しているあんたと同い年のだれか』なんて、わけわかんねえし。俺に手伝えることがあるとも思えねえんだが」
「それはわかっている」

 正直なところを言ったつもりだったが、皇子は特に気を悪くした風もなかった。

「そのことも含めて、今後私はもっと自分の側近として信頼に足るものを増やしていかねばならぬと思ってな。この旅にはそうした意味もあるのさ」
「ふふ~ん? 俺なんぞに声を掛けなきゃなんねえほど、第五皇子サマんとこにゃ人がいなくて困ってんのかい?」
「平たく言えばまあそうだな」

 敢えて嫌味を言ってやったつもりだったが、皇子は爽やかとさえいえる苦笑を浮かべただけだった。特に矜持が傷ついた風もない。隣でずっと話を聞いているフードをかぶった老人魔導士も、特段不快そうにもしない。目の前の焚火をときどき小枝でつついて、湯を沸かしながら泰然としているだけだ。
 レオはそれで、なんとなくこの男が気に入った。先のことはわからないが、なんとなく好きになれそうな気がしたのである。

 正直、神聖シンチェリターテ帝国の皇族たちにはあまりいい評判を聞かない。
 現皇帝は決して庶民に人気のある人物ではない。皇帝の地位を存分に享受して、庶民が食うや食わずの生活をしていても豪勢な食い物と酒と女に囲まれてぶくぶく太り、それを恥とも思わぬ御仁だと聞く。そこから生まれて来た皇子たちも、どれもこれもろくでなしだと。
 まあ、わざわざ地下牢にぶち込まれたい奴はいないから、そんなことを大っぴらに口にする帝国民はいないけれども。

 そんな中、この第五皇子の噂だけは別格だった。
 姿が美しいだけでなく、心優しく目下の者たちにも温かく接してくださる。皇帝やほかの皇子たちのように理不尽な理由で重い罰を下すなどということは決してなさらない賢い方だというのだ。
 こうした評判は、あんな辺鄙へんぴな田舎の村にすら伝わってきていたのである。

 さらにはこんな噂もあった。
 その美丈夫で優秀な皇子をうとましく思う勢力から、彼はあれこれと陰に陽に攻撃を受けているというのだ。
 彼は幼い頃に母親の側妃とともに馬車の事故に遭い、そこで母を亡くしている。その事故もどうやら原因がはっきりしておらず、民らは一様に「側妃さまへのご寵愛と第五皇子殿下の才を妬んだ何者かのたくらみではないか」とひそやかに噂していた。

 当時、身分の低い側妃とその皇子には皇宮の中にあまり多くの味方はいなかった。もっと多くの助けがあれば、側妃はあんなにもたやすく命を奪われることはなかったのかもしれない。
 だから皇子の言には十分な説得力があったのだ。

「けどよお。俺は昨日きょうあんたに会ったばかりの、ただの日雇いの用心棒だぜ? そんな簡単に信用していいのかよ」
「少なくともここしばらく、そなたの働きと仲間への接し方を見てきた。それでぜひともと思ったからこそ、こうして声を掛けたんだ」
 レオは思わずふはは、と笑った。
「そんなに自分の目を信用していいのかい? まああんたなら、性根の腐った奴らのことはよ~くわかってらっしゃるんでしょうがね」
「……その通りだ。まことに残念なことにな」

 言って皇子はまた苦笑し、魔導士が差し出した茶をひと口飲んだ。

「ほかにも少しずつ、見どころのある戦士や賢者を募っている。そなたさえもしよかったらだが、その素晴らしい力を貸してほしい」

 「急がないからよく考えてみてくれ」と最後に言って、皇子はその後またいずこかへと去っていった。

 結論から言うと、レオは後日インテグリータス殿下を訪ねた。もちろん仕官を希望してのことである。
 とはいえ、いわゆる軍隊組織に興味はなかった。というか、むしろひどく抵抗があった。自分にはああいう規律の厳しい組織は向かない。それは自分自身がいちばんよくわかっていたからだ。

 その時すでに離宮に居を移していた皇子は、レオを迎えて希望を聞くと微笑んだ。もとより予想の範疇だったらしい。
 その時はすでに変装の必要もなく、皇子は輝くような金の髪と宝石を思わせる考え深げな紫の瞳をそのままレオに見せてくれていた。その顔で微笑まれると、男の自分でさえ妙に胸の鼓動がはずむような気になったものだ。
 別に自慢するわけではないが、自分もけっこうもてる方である。だがこの男は恐らくそんな自分の比ではないのだろうなと、うっすら思った。

「無理はせずともよい。一応『千騎長』には任ずるが、いきなり千の兵を統率せよとも言わぬつもりだ」
「だったら別に、そんな堅っ苦しい肩書も要らねえぜ」

 正直「めんどくせえ」と思った。
 定期的に決まった給金が出るのはありがたいが、軍隊内での立場の上下関係など、レオには鬱陶しいばかりで、ひたすら無用の長物だったのだ。

「まあそう言うな。いざというとき、千騎長以上でなければすぐには皇宮に立ち入れぬ。いちいち特別な許可をもらわねばならない方が面倒だろう。どうだ?」
「ほーん。んじゃ、しょうがねえな」

 というわけで、あとはトントン拍子だった。レオは晴れて、第五皇子殿下付きの近衛隊に、千騎長として配属されることになったのである。とはいえ実質、ほとんど「遊撃隊」のような扱いだった。
 レオの他にもトラの武人ティガリエという男が皇子のそばにいたけれども、こちらは生粋の武人らしく、クソ真面目でいかにも頭の固そうな奴だった。
 もちろん悪い奴ではない。むしろその反対だ。だがレオがちょっとした雑談を仕掛けてもなにか頓珍漢な返事がかえってくるばかりで、ちっとも話が合わないのだった。何しろ固い。真面目すぎる。こういうのを「朴念仁」と言うのだろう。

 そんなわけでレオは基本的に皇宮の外側での皇子に関するいろいろな仕事を受け持ち、ティガリエはおもに皇宮の内側で、皇子やその周囲の人を守る任に就くことが多くなった。
 そのまま今に至るまで同じ場所で働くことはあまり多くなかったが、ふたりはやがて皇子をして、こう評さしめることになるのである。

「二人はまるで、神の門を護るという神話の二神将のようだな」──と。
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