白と黒のメフィスト

るなかふぇ

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第七章 闇の鳴動

7 魔力の枝

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 思わず吐き気をもよおしたが、そんな余裕はなかった。
 《皿》から次々に飛び出してきた黒い生き物たちが、周囲の討伐隊に襲い掛かってきたからだ。
 そのうちの一匹が爛々と光る真っ赤な目をこちらに向けた。目を合わせてはいけない、と思うのに、しっかり合ってしまって焦る。次の瞬間、そいつは猛然とシディに向かって突進してきた。

「ううっ……」

 シディの足は地面にはりついて動かない。まるで他人の足のようだ。

「大丈夫だ、シディ」

 インテス様の声が聞こえたのと、目の前に広い背中がずん、と立ちふさがったのが同時だった。

「ふんっ」

 低いひと声とともに、走ってきた黒い生き物を両断したのはティガリエだ。一瞬遅れて、ぶおっと風圧を感じる。ティガリエもレオに負けず劣らずの鮮やかな剣さばきだった。そういうことを誇る様子が少しもないのが、いかにもこの男らしい。
 生き物はひとたまりもなく、縦ふたつに分かれて地面に落ちる。ひどい悪臭がさらにひどくなった。まだビチビチと動いているそれを、そばにいたラシェルタが、すかさず茶色の火花を放つ魔法で粉砕してくれた。彼はソロの精霊魔法を得意としているらしい。

「シディ。私たちは魔法に集中だ。周りのものはティガリエやラシェルタたちが殲滅してくれるからな。まずは集中。心を落ちつけるのだ。よいか?」
「は、……はいっ」

 言ってシディはあらためて心を静めようと努力し始めた。が、目の前で起こっている現実とは思えない戦闘がどうしても気になって、うまく集中できない。

「ううっ……。ごめんなさい……」
「大丈夫だ。こっちをお向き」
「え?」

 目を上げたらインテス様が、いきなりちゅっと唇に口づけをくださった。

「いっ、いいいい、インテスさまっ!?」

 なにをやってるんだ、この人は。こんな時に!
 思わず睨んでしまったら、ぱちんときれいに片方の目だけを閉じて見せられてしまった。

「さあ。いいからそなたは私のことだけ考えておいで」
「え、えええ……」

 いや、確かにそれはまちがっていないのだろうけど。
 セネクス様だっておっしゃっていた。「とにかくお二人が仲睦まじくあればあるほど、お二人の魔法は強力になりまする」と。

(だっ、だけど──)

 本当にいいのか。こんなことで?
 とはいえ、あれこれ逡巡しているヒマはない。
 セネクス翁が教えてくれたとおり、心を落ちつけてなぎを呼ぶ。波立っていた心が静かになるのを確認してから両手を前へのばし、自分の魔力をあの《魔力の壺》に溜めていく。インテスさまのそれが自分の魔力と混ざり合いながら美しく輝き、やがて壺の縁までいっぱいになってあふれだす。

「よし。細かい調整は私がやる。シディは集中して、そのまま《壺》に魔力を供給しつづけてくれ」
「はい」

 というか、それ以上のことはとてもできない。この討伐隊の中で、シディは初心者中の初心者だ。どうしたって、みんなの足を引っ張らないようにするだけで精一杯なのだった。
 そうこうするうちにも、目の前のティガリエはもう何匹目かになる黒い生物を両断している。少し向こうでは、レオをはじめとする武官たちと魔導士らが同じように生き物を殲滅していっている。
 
「よし。では魔力を少しずつ《黒い皿》へ伸ばしていくぞ……。よいか」
「はいっ」

 するするっと、輝く魔力の糸のようなものが《壺》から放たれはじめ、ゆらゆらとうねる軌跡を描いて《皿》に向かって伸びていく。ちょうど、植物の芽が出て茎と葉をのばしていくような感覚だった。その先が《皿》の縁にかかった、と思った瞬間、ビリッとシディの身体に衝撃が走った。

「ううっ……?」
「《皿》の反発だ。気にすることはない。このまま続けるぞ」
「は、はい」

 気がつくと、こちらの魔法に協力するように周囲を自分の魔力で補強してくれている魔導士たちもいる。討伐隊として一緒に来た人たちだ。ラシェルタもその一人である。
 みんなの魔力が追加されることで、《魔力の枝》は七色の光を放ちはじめた。さまざまな精霊の力を借りた魔法が使用されているために、とても鮮やかな色になって発現しているらしい。
 ギリギリ、ギシギシと板をひっかくような不快な音が《黒い皿》から発されはじめた。それは《皿》自体の悲鳴なのかもしれなかった。《魔力の枝》はその《皿》の周囲をまず取り囲み、次には内側に枝を広げて少しずつその皿を押しつぶそうとしているようだった。
 それはまさしく、空間にぱくりと空いた奇妙な穴を塞ぐことだった。
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