白と黒のメフィスト

るなかふぇ

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第七章 闇の鳴動

4 黒い皿

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 村の住居は木組みの柱に藁葺わらぶきのものだった。遠目だと、屋根が少し丸みを帯びていて可愛らしく見える。村長の家はほかの建物と比べれば大きかったが、それでも離宮でシディが与えられていた部屋よりもはるかに狭いものだった。
 中は一間ひとまで、地面に直接座らぬように藁が敷きつめられ、さらに動物の革らしいもので作った敷物が置かれている。中央には囲炉裏がつくられており、そこにかけられた湯がすでに沸いているようだった。

 インテス様とシディはこの部屋の上座にあたるらしい場所を勧められ、討伐隊の面々はその脇に居並ぶかたちで座った。
 村長の家の者らしい女たちが緑の香りのする茶を準備して、すぐに話が始まった。まずはインテス様が村長に現状の説明を求めた。

「手間をかけさせて申し訳ないが、ことのはじめから話してもらえるか? あまり状況の呑み込めていない者もおるゆえな」

 それは恐らく自分のことだろう。
 シディはそう解釈して、老人の言葉のかけらさえも聞き漏らすまいと大きな耳をそばだてた。

 この島でことが始まったのは、もう一年も前のことらしい。狩に出ていた男たちがなかなか戻らず、不審に思って探しに行った男たちが色を失って逃げ戻ってきたのだ。

『島のはずれに、真っ黒なものが浮いている』。

 最初はそんな報告だった。
 空中に浮かんだ真っ黒な皿のようなものは、大人の男が両腕をひろげたほどの大きさだった。そこから何か不快な臭いがじわじわと染みだしており、ときどき妙な叫び声も聞こえるのだという。
 穴の周囲には、無惨に体を食いちぎられて死んでいる男たちのむくろが散らばっていた。

 村人はそれ以降、その地域に近づかないようにしてきたが、外へ出ていった村人がひとり、ふたりと帰ってこないことが続くようになり、とうとう地域の警備隊にお出ましを願った。帝都までは遠いため、こうした地方を警備する兵たちが各所の駐屯所に配置されているのである。
 警備隊の隊長は村を守るように周囲を固め、兵らを事態の確認に向かわせた。
 五名で向かった兵のうち、戻ったのは二名だけだった。ふたりはひどく怯えており、すぐには口がきけないほどだった。

『《黒い皿》が大きくなっているようです。そこからなにかが現れて我々に襲いかかってきたのです』。

 ここへ来て、隊長は本部に部隊の増援をもとめた。今度は武官だけではなく、魔塔の魔導士たちの出動も要請したのである。
 魔導士たちはその謎の《黒い皿》の周囲に堅固な魔力障壁をつくりだして、それ以上の被害が出ることを防いだ。それでいったん被害は沈静化し、そこからしばらく大きな変化は起こらなかった。
 以降、その場所には帝国軍の武官らと魔導士たちが交代で詰めることになっている。
 ところが最近になって、ふたたび同様の被害が起こり始めた。
 警備隊の報告によれば、例の《黒い皿》の力が明らかに増大しているようなのだ。大きさも、もとの数倍に膨れあがり、不気味な叫びや不穏な臭いもきつくなってきているという。なにより、魔力障壁を作っている魔導士たちの消耗がかなり早くなってきている。そのぶんだけ、消費する魔力が多くなっているということだ。
 魔力障壁が少し弱まると、その隙をつくようにして《皿》から黒いなにかが飛び出してくる。それはあたり構わず攻撃をはじめ、兵たちの喉笛を咬みきり、身体を裂いて抹殺していくのだ。その殺戮は、武官と魔導士たちによる攻撃で黒いなにかが四散してしまうまで続く。

「その黒いものがなんであるのかは、いまだに分からぬのか」
「はい。なにやら真っ黒な濃い霧のようなものに見えるそうでござりまする」

 インテス様の問いに、タヌキの老人は恐縮したように体を縮めて答えるのみだった。
 話を聞くにつれて、シディの不安はどんどん大きくなるばかりだ。

(いったい、どうなってしまうんだろう。そんなとんでもない相手と、オレなんかがちゃんと戦えるのかな……)

 しおしおと耳としっぽを垂れさがらせていたら、隣からインテス様の腕が肩を抱いてくれた。いつも思うが、温かい腕だ。

「心配には及ばぬ。そなたのことは私が必ず守る。ここにいる討伐隊の皆もそうだ」
「……自分もにございます」

 低い声で珍しく言葉を足したのはティガリエだ。無口すぎてつい存在を忘れそうになることがあるけれど、この武人はいつだってシディの身を守ることに集中してくれている。あの船上で眠り込んでしまった事件のあとは、特にそうだった。
 インテス様がにこりと笑って彼を見つめた。

「もちろん、ティガリエもだ。そなたのことは信頼している。そなたこそ、シディのなによりの支えとなろう。……そなたは大船に乗った気でいればよいのだ、シディ。私のそばを離れるな」
「は……はい」
「ああ、それに。あちらには、ちょっと面白い男もいる。彼奴きやつも恐らく、かなり頼りになるはずだ。のちほど紹介するからな」
「あ、はい」

 インテス様がここまで気安げな物言いをなさるのはめずらしい。

(いったい、どんな人なんだろう……?)

 興味津々だったけれど、その日はそれまでのことで、シディたちはそれぞれあてがわれた宿所に分かれ、翌日からの討伐戦に備えることになった。
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