62 / 209
閑話
閑話(4)
しおりを挟むそこから数日後。
ようやく目覚めた少年に、自分はまず最初からいろんな説明をしなくてはならなかった。それからすぐに、呼んでおいた治癒師キュレイトーに治癒を施してもらった。
(これは……)
本人が一番驚いているのはわかっていたが、インテス自身もかなり驚いた。少年は見違えるような姿になったのだ。
少年は髪も目も肌も、耳やしっぽなど毛皮のある部分も全部黒い人だったが、この上もなく綺麗で可愛らしかったのだ。少なくとも、インテスの目からは。
この世には、なぜか黒を忌避する文化がある。
神殿によれば精霊を象徴する色は緑、赤、茶色、黄色、青となっており、その中に含まれない黒を「忌み色」とする風潮が強いのだ。
だからこそこの子はずっと、「忌み子」「呪われし仔」として虐げられ、あんな立場に落とされていたのだろうと思われる。
だが、本来のこの子は美しかった。《半身》としての贔屓目なしに見ても、恐らくそうだったろう。
黒は艶やかな毛並みをより強調するものだし、彼は顔だちそのものが非常に整っていて可愛らしかったからだ。まあ本人にはまったくそんな自覚はない様子だったけれども。
(まったく、私も現金だな)
それから以降、彼と暮らす毎日の中で、インテスは自嘲ぎみにそう思うことしきりだった。
実はこの子に会うまでは、なにかと疑問に思うことが多かったのだ。
「結局、《救国の半身》とは何なのだ?」
「そもそもこの世界は救うべきものなのか?」
「そんなことのために、運命的に惹かれあい、愛し合う相手なんてものが本当にあっていいのか?」──などなどと。
だが実際、彼に会ってしまうとあらゆる懐疑的な警戒心はぐずぐずと崩れて溶けてしまった。情けない話だが、彼の顔を見るとただただ嬉しく、胸が高鳴り、なにより愛おしいという気持ちが勝ってしまう。さまざまに去来する懐疑的な気持ちなど、全部野暮なものにすら思えてしまう。
まあこれも、《救国の半身》としての力がはたらいているだけと言われればそうなのかも知れないが。
彼にとって、自分はあの恐ろしい場所から救い出してくれた恩人の皇子様だった。最初のうちこそ怯えていた様子だったが、次第に、会うといつでも、とても眩しそうな目をして嬉しそうな顔をしてくれるようになった。それがひたすら嬉しくて、仕事を適当に割愛してでも会いたいと思ってしまう。ほとんど本能的に、切実な渇望を感じた。
同日に生まれたはずの彼が自分よりずっと幼い姿をしていることは不思議だったが、それも後日はっきりした。彼は幼い頃に《闇の勢力》に命を狙われたという経緯があるのだ。そのとき海の精霊に救われて、何年かを眠って過ごしていたのだという。
自分はこの世の権力闘争ゆえに人間によって命を狙われてきたが、彼は《闇》そのものに狙われてきたということだ。
さまざまな疑問を抱えて慎重になっている自分に対して、少年ははるかに自分の本能に忠実であるようだった。やはりそこは獣人であり、獣としての特質が強いからなのかもしれない。いつでもとても素直にまっすぐに「インテス様、大好き」という気持ちを態度で示してくれる。
なにより、それを最も顕著に示したのは彼のしっぽだった。たらんとしおれていたそれが、自分の顔を見た途端にぴんともち上がり、ぶんぶん左右に振られ始めるのを一体何度見たことか。
そのたびに、自分の胸に湧きあがるのはどうしようもない愛おしさと痛みだった。
ただただ、可愛い。
そして本当は今すぐにでも抱いてしまいたいという焦燥感にも似た欲求。
彼のすべてを、自分のものにしてしまいたい。わずかな吐息のひとつさえも。
その渇望を押さえ込むのは並大抵の努力ではなかった。
二の足を踏む理由ははっきりしている。
これはただの、押し付けられた運命に過ぎないかもしれぬ。どこかのだれかが勝手に、自分たちに互いへの欲望を組み込んでしまったのに違いないのだ。
果たしてそんなものに、この子の命と人生を勝手にされてよいものだろうか。そうでなくても、これまでさんざんにひどい運命に苛まれて来た子である。こんなことで振り回されるのはもう許してやってはどうかと、どうしても考えてしまうのだ。
この運命さえないならば、この子はもしかしたら自分などよりもずっと素晴らしいだれかに出会っていたかも知れぬ。その者が、今よりはるかに彼を幸せにできたかもしれないものを──と。
その思いが、インテスを最後の一押しからどうしても遠ざけるのだ。
だが、そんな憂慮はシディ──それはインテス自身が彼に与えた名だった──本人によって退けられることになったのだ。
0
お気に入りに追加
185
あなたにおすすめの小説

狂わせたのは君なのに
白兪
BL
ガベラは10歳の時に前世の記憶を思い出した。ここはゲームの世界で自分は悪役令息だということを。ゲームではガベラは主人公ランを悪漢を雇って襲わせ、そして断罪される。しかし、ガベラはそんなこと望んでいないし、罰せられるのも嫌である。なんとかしてこの運命を変えたい。その行動が彼を狂わすことになるとは知らずに。
完結保証
番外編あり
大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!
みづき
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。
そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。
初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが……
架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。

男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。
悪役令息の七日間
リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。
気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

親友と同時に死んで異世界転生したけど立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話
gina
BL
親友と同時に死んで異世界転生したけど、
立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話です。
タイトルそのままですみません。


田舎育ちの天然令息、姉様の嫌がった婚約を押し付けられるも同性との婚約に困惑。その上性別は絶対バレちゃいけないのに、即行でバレた!?
下菊みこと
BL
髪色が呪われた黒であったことから両親から疎まれ、隠居した父方の祖父母のいる田舎で育ったアリスティア・ベレニス・カサンドル。カサンドル侯爵家のご令息として恥ずかしくない教養を祖父母の教えの元身につけた…のだが、農作業の手伝いの方が貴族として過ごすより好き。
そんなアリスティア十八歳に急な婚約が持ち上がった。アリスティアの双子の姉、アナイス・セレスト・カサンドル。アリスティアとは違い金の御髪の彼女は侯爵家で大変かわいがられていた。そんなアナイスに、とある同盟国の公爵家の当主との婚約が持ちかけられたのだが、アナイスは婿を取ってカサンドル家を継ぎたいからと男であるアリスティアに婚約を押し付けてしまう。アリスティアとアナイスは髪色以外は見た目がそっくりで、アリスティアは田舎に引っ込んでいたためいけてしまった。
アリスは自分の性別がバレたらどうなるか、また自分の呪われた黒を見て相手はどう思うかと心配になった。そして顔合わせすることになったが、なんと公爵家の執事長に性別が即行でバレた。
公爵家には公爵と歳の離れた腹違いの弟がいる。前公爵の正妻との唯一の子である。公爵は、正当な継承権を持つ正妻の息子があまりにも幼く家を継げないため、妾腹でありながら爵位を継承したのだ。なので公爵の後を継ぐのはこの弟と決まっている。そのため公爵に必要なのは同盟国の有力貴族との縁のみ。嫁が子供を産む必要はない。
アリスティアが男であることがバレたら捨てられると思いきや、公爵の弟に懐かれたアリスティアは公爵に「家同士の婚姻という事実だけがあれば良い」と言われてそのまま公爵家で暮らすことになる。
一方婚約者、二十五歳のクロヴィス・シリル・ドナシアンは嫁に来たのが男で困惑。しかし可愛い弟と仲良くなるのが早かったのと弟について黙って結婚しようとしていた負い目でアリスティアを追い出す気になれず婚約を結ぶことに。
これはそんなクロヴィスとアリスティアが少しずつ近づいていき、本物の夫婦になるまでの記録である。
小説家になろう様でも2023年 03月07日 15時11分から投稿しています。
異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします
み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。
わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!?
これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。
おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。
※ 設定ゆるめ、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。
★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★
★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる