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閑話
閑話(2)
しおりを挟むしかし、その母も長くは生きられなかった。
ある日、いっしょに馬車で散策に出かけた日、なぜか突然馬が暴れ出して暴走し、高い崖から転落したのである。
馬車から放り出された母は、そのまま岩に叩きつけられたらしい。インテス少年が意識を取り戻したときには、首と腕が奇妙な形に折れ曲がったままこと切れていた。即死だった。すでに死んでしまった者は、たとえあのキュレイトーといえども蘇らせることはできないのだ。
一緒にいたインテスも大怪我をしたが、幸いにして九死に一生を得た。これもまたキュレイトーのお陰だった。
事件にはもちろん調査が入った。皇族のための馬というのは、穏やかな性格のものが選ばれ、つねに注意深く育てられて特別な世話をされているはずのものだ。急にそんな狂暴な状態になること自体がおかしかった。
だが、結局はうやむやになった。馬は突然毒虫に刺され、それに驚いて暴走したのだというのが調査団の報告だった。皇帝はただひと言「そうか」と言ったのみだった。特に悲しそうにもしなかった。
母は、確かにあの男のお気に入りの女だった。子を産んで「非常に若い」とまでは言えなくなってからでも、しょっちゅうお声が掛かっていたことを考えてもそれは間違いない。だがそれでも、あの男にとって母はたくさんいる妃のうちの一人にすぎないのだと、いやというほど思い知らされた。あの男から見れば、妃など単なる道具に過ぎないのだ。
あとでわかったことだが、その時、母は身ごもっていた。つまり自分の弟か妹も、母ともども土の下に葬られたということだ。敵は恐らく、母の懐妊のことを何かで知ったのに違いなかった。
かれらは「インテグリータス」ともども「第二のインテグリータス」をも葬り去ろうとしたわけだ。
ひとり寝の寝床で、深夜、少年インテスは震えながら涙した。が、上掛けをちぎれるほどに噛みしめて、わずかの泣き声をも堪えてしのいだ。
(許さない。許すものか──)
だれが裏で糸を引いたのかはわからない。だが必ず証拠をつかみ、いつか復讐を遂げる。それが自分の生きる目標になった。しばらくは。だからこそ体を鍛え、学ぶことにも手を抜かなかった。のんべんだらりと享楽に身を任せているほかの皇子たちとの能力差は開くばかり。剰え、民らの人気の差も開く一方だった。
が、とある年齢になったとき、自分には再びあの「渇望」が目覚めたのだ。
渇望は日に日に激しくなり、夜もまともに眠れなくなってきた。
自分が求めているのがとある人──つまり自分の半身──であるということは昔から知っていた。だが、何をどうやって探し出せばいいものか皆目わからない。
《半身》は生まれたそのとき、精霊による神託を受ける。だがその見た目に関する情報は、その者が生まれる場に居合わせた者ぐらいにしかわからない。自分はたまたま皇族だったためにその事実を世間に広く知られることになった。だが、もう一人はどうやらそういう立場ではないようなのだ。
さらに不幸だったのは、自分が純粋な人間だったことである。
人間には、ほかの種族のような優秀な嗅覚も聴覚も備わっていない。あちらの半身が望んでこちらを探し出してくれるのでなければ、こちらから探そうというのは雲をつかむような話だったのだ。
だというのに、あちらの半身は急に存在を消してしまったり、こちらを探そうという様子もなかったりと、まったくつかみどころがなかった。「もしかして、かの人の身に何か大きな問題が生じているのでは」と思ったことも一度や二度ではない。
果たして、それは事実だった。
手下の武官たちを様々な地方に放ち、自分の鈍い嗅覚も駆使して、自分はかの人を探し回った。成人を迎えた皇子には、皇子としての仕事もある。ゆえにそればかりにかかりきりにはなれなかった。実際、彼に出会うまでには何年もかかってしまった。
かの人の匂いはいつも微かで、「つかまえた、こっちだ」と思った次の瞬間にはかき消えてしまう。帝都で嗅ぐこともたまにあったが、雑踏のさまざまなきつい匂いに打ち消されてすぐにわからなくなってしまう。悔しい思いをしたことは数えきれなかった。
部下たちも手を拱いていたいたわけではない。半身同士が引かれあう力というのはそれは大きなもので、獣人たちに言わせると「恐らく抵抗できないほどの欲求を感じるはずだ」という話だった。
それならば、相手はどこかに囚われの身になっている可能性が高い。
犯罪者や奴隷や重病人といった、自分では身動きの取れない状態の者ではないか──。
そう思って、帝都をはじめ各地方の囚人収容施設や療養所を回ったり、貴族や裕福な家で働いている奴隷たちの身元を確認したりもした。だが、手掛かりはなにひとつ見つからなかった。
遂にその匂いをはっきりと感じたのは、インテス自身が「これだけ探したのだ、もうダメかもしれぬ」と諦めかけていた時だった。
毒殺をはじめとする暗殺よけのため、その時のインテスはすでに離宮に移っていた。日没後、その美しい中庭で、書類仕事をしながら少し休憩してぼんやりとしていた、その時だった。
(これは……!)
今までにないはっきりとした匂い。
これは近い。間違いなく、いまその人はこの帝都にいる。
即刻、手下の武官たちを呼んで捜索に出た。
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