55 / 209
第六章
3 水がめ
しおりを挟む「はわ、はわわわっ」
「シディ、落ちつけ。さっき一人でやった通りに集中するんだ」
「は、はいいっ」
良かったのはその返事ぐらいだった。
師匠から説明された通り、ふたり並んで精神を統一し、魔力を手の間に集中させるところまでは順調だったのだが。
「まずは落ちついて、心を研ぎ澄ませるじゃ。シディ」
「はいいっ」
言われた通り一生懸命やっているつもりなのに、どうしてもさっきのようにはいかなかった。指先から手の間に魔力が流れ出て「水がめ」に満ちるところまではいい。でもそこから、師匠が言うように殿下の「水がめ」から放出される白い魔力と絡ませることが難しかった。シディの魔力は殿下のものに比べると黒い輝きを持っている。
二人の間にもっと大きな「水がめ」を想定し、お互いにそこに魔力を注ぐというのが今回の目的だった。これは第一段階だ。
しかしシディの魔力はちっとも言うことを聞いてくれなかった。大きな水がめに入る直前に、ぱあっと四散して空中に戻っていってしまう。
「……うむ。性急に過ぎたかもしれぬな。一旦やめ」
遂にセネクス老人がそう言って片手を上げたときには、シディの息はすっかりあがっていた。そのままべしゃりと膝をつく。殿下も少し疲れた様子だ。
「す、すみません……」
「いやいや。初めてなのじゃ。気にするでない」
「そうだぞ、シディ。この短期間でここまで来ただけでも相当な才能なのだから」
少し息を弾ませながらインテス様も師匠につづく。お二人とも優しい。絶対にシディを責めるなんてことはなさらない。でも、だからこそ申し訳なくて、そこらに逃げ込む穴を探しまわりたい心境になる。
残念ながら穴などないので、シディはその場で小さくなった。
「本当に、すみません……」
「よいよい。訓練が少し長引いた。部屋に戻って休むがよいぞ。殿下もどうぞ」
促され、ふたりで師匠に最後の挨拶をしてから、しょぼんと項垂れて部屋に向かった。殿下が肩に手を置いてくださり、背後から心配そうな目をしたティガリエたちがついてくる。
実際はあそこから、溜めた二種類の魔力を撚り合わせ、強力な魔法を創り上げなくてはならなかったのに。その入口に立つことすらできなかった。主に自分のせいで。
「なんでもそうだが、最初からいきなりうまくいくなんてことはないさ。気にするなよ、シディ」
「……はい」
そう言われても、肩をがっくり落としたままなのは変わらない。
「前にも言った通り、私は子どものころからこの訓練をやってきた。才能の面から言えば、シディの方が私などよりはるかに優秀なのだからな。そこは間違ってはいけないぞ」
きっと殿下は本気でこうおっしゃっている。でも今のシディには、それが殿下のお優しさからくる慰めだとしか聞こえなかった。
ずっと視線の合わないままのシディを見下ろして、インテス様は少し沈黙したけれど、すぐににこやかに微笑んだ。
「まあ、要するにだな。『もっと親密になるべきだ』と、そういうことだな? 我々は」
「……は?」
変な顔になって見上げたら、この間の師匠みたいな意味深な目をしてインテス様が笑っていた。
「しんみ……いっ、いやあのっ」
言葉の意味するところにハタと気づいて、急にわたわたと慌ててしまう。
そんなこと、ティガリエたちが聞いている所で言わないでほしい。全身がまた急にかあっと熱くなる。
「まあまあ、よいではないか。そなたがイヤだと申すことはしないが、そうでない限りは極限まで『親密に』しておこう」
「……い、インテスさまあ……」
完全に両手で顔を覆ってしまったシディを、インテスさまはひょいとまた横抱きに抱え上げる。
「わああっ」
「暴れるな。食事までは部屋でゆっくりすることにしよう。な?」
「ううう……」
指の間からチラッと見たら、後ろに続く護衛たちはみな妙に優しいというか、満足げな目で二人を見ていた。あの無骨なティガリエですら、全身から醸し出す雰囲気が柔らかいのがもう耐えられない。
(あああっ……。本当にこんなことでいいの!?)
いや、きっと悪くはない。それは本能的にわかっている。
自分がこうした殿下との触れあいを深め、心が近づいていくにつれて、魔力の操作がうまく行きはじめたのだから。ここからもっともっと殿下と「親密に」なれれば、二人の合わせ技だってうまくいくに違いないのだ。
わかっている。わかっているけれど──
「今日は先に入浴しようか、シディ。私も外回りから戻ったばかりだし。先に汗を流しておきたい」
にっこにこで上機嫌なこの人に、「それは恥ずかしいから」とお断りを入れられるほど、シディはもうこの人を嫌うことはできなくなっている。
しまいにはいつも通り、真っ赤な顔をして小さな声で「ハイ」と言うぐらいのことしかできないのだった。
0
お気に入りに追加
185
あなたにおすすめの小説

狂わせたのは君なのに
白兪
BL
ガベラは10歳の時に前世の記憶を思い出した。ここはゲームの世界で自分は悪役令息だということを。ゲームではガベラは主人公ランを悪漢を雇って襲わせ、そして断罪される。しかし、ガベラはそんなこと望んでいないし、罰せられるのも嫌である。なんとかしてこの運命を変えたい。その行動が彼を狂わすことになるとは知らずに。
完結保証
番外編あり
大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!
みづき
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。
そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。
初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが……
架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。

男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。
悪役令息の七日間
リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。
気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

親友と同時に死んで異世界転生したけど立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話
gina
BL
親友と同時に死んで異世界転生したけど、
立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話です。
タイトルそのままですみません。


田舎育ちの天然令息、姉様の嫌がった婚約を押し付けられるも同性との婚約に困惑。その上性別は絶対バレちゃいけないのに、即行でバレた!?
下菊みこと
BL
髪色が呪われた黒であったことから両親から疎まれ、隠居した父方の祖父母のいる田舎で育ったアリスティア・ベレニス・カサンドル。カサンドル侯爵家のご令息として恥ずかしくない教養を祖父母の教えの元身につけた…のだが、農作業の手伝いの方が貴族として過ごすより好き。
そんなアリスティア十八歳に急な婚約が持ち上がった。アリスティアの双子の姉、アナイス・セレスト・カサンドル。アリスティアとは違い金の御髪の彼女は侯爵家で大変かわいがられていた。そんなアナイスに、とある同盟国の公爵家の当主との婚約が持ちかけられたのだが、アナイスは婿を取ってカサンドル家を継ぎたいからと男であるアリスティアに婚約を押し付けてしまう。アリスティアとアナイスは髪色以外は見た目がそっくりで、アリスティアは田舎に引っ込んでいたためいけてしまった。
アリスは自分の性別がバレたらどうなるか、また自分の呪われた黒を見て相手はどう思うかと心配になった。そして顔合わせすることになったが、なんと公爵家の執事長に性別が即行でバレた。
公爵家には公爵と歳の離れた腹違いの弟がいる。前公爵の正妻との唯一の子である。公爵は、正当な継承権を持つ正妻の息子があまりにも幼く家を継げないため、妾腹でありながら爵位を継承したのだ。なので公爵の後を継ぐのはこの弟と決まっている。そのため公爵に必要なのは同盟国の有力貴族との縁のみ。嫁が子供を産む必要はない。
アリスティアが男であることがバレたら捨てられると思いきや、公爵の弟に懐かれたアリスティアは公爵に「家同士の婚姻という事実だけがあれば良い」と言われてそのまま公爵家で暮らすことになる。
一方婚約者、二十五歳のクロヴィス・シリル・ドナシアンは嫁に来たのが男で困惑。しかし可愛い弟と仲良くなるのが早かったのと弟について黙って結婚しようとしていた負い目でアリスティアを追い出す気になれず婚約を結ぶことに。
これはそんなクロヴィスとアリスティアが少しずつ近づいていき、本物の夫婦になるまでの記録である。
小説家になろう様でも2023年 03月07日 15時11分から投稿しています。
異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします
み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。
わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!?
これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。
おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。
※ 設定ゆるめ、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。
★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★
★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる