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第六章
2 合わせ技
しおりを挟む「よいところにおいでくださいましたな、殿下」
いつのまにか、すぐそばにセネクス翁がやってきていた。殿下は「ああ」と苦笑しながら、小柄なイタチの老人を見下ろした。
「シディの訓練、順調のようだな。遠くから見ているだけでもわかったぞ」
「はい。このところの殿下のご協力の賜物にござりますな」
「ご、ごきょうりょ……」
不思議に思ってそう言いかけ、ハッとする。セネクス翁は意味深に目を細め、インテス様が困ったように視線を逸らしたからだ。
途端、かあっと全身が熱くなるのを覚えた。「協力」の意味は明らかだ。つまり、要するに──夜のアレコレがとても親密に行われている……という。
確かに殿下はあれからずっとシディと「親密に」してくださっている。シディの体調を気遣って毎晩ということはないけれど、本当は毎晩でも「親密に」したいと思っておられることは明らかだった。
(しっ、師匠ったら……!)
まったくこの老人ときたら! こんな高齢のくせに、しかもこの魔塔の最高責任者で島じゅうの人々の敬意を一身に集めている人のくせに。ときどきとんでもない冗談をおっしゃるから敵わない。本当に反応に困る。
真っ赤になったシディを、殿下の腕が隣からきゅっと抱きしめてくださった。
「こら。あまりシディを揶揄ってくれるなよ。非常に純な子なのだから」
「もちろんにござりまする。それは爺も重々、存じ上げておりますゆえな」
皇族のひと睨みも、この老人にとっては微風ほどの影響もないらしい。文字通り「柳に風」とばかりに受け流して、すっと表情を改めた。
「では、そろそろお二人の合わせ技の訓練も始めて参るのはいかがにございましょう」
「おお。もうそんな段階か?」
「左様」
言って老人はふっと視線をシディに戻した。
「このところのオブシディアン殿の成長は著しいものがございまする。まだ遠方の島々とは申せ、闇の勢力の台頭も甚だしく。急いでおくに如くはござりませぬゆえ」
「うむ。それもそうだな」
インテス様はひとつ頷くと、腰に挿していた剣を従者に渡してシディの手をとり、訓練場の中央へ進み出た。師匠もそれについてくる。
「あ……あの。『あわせわざ』って、なんですか」
「そのままの意味だ。私とそなたの魔力を統合させ、調節して、より強力な魔法を放つ」
「ええっ」
そんなのは初耳だ。
「そなたが黒。私が白。互いの魔力を練り合わせることにより、世界創造のときにも匹敵する強大な攻撃魔法、守護魔法を繰り出せるようになる──と、これはまあ古代文書からの受け売りなのだがな」
「ひええ……」
いやもう、驚くことばかりだ。
そんなこと、自分なんかに本当にできるのだろうか。
「左様。白き精霊と黒き精霊とは、互いに相反するようでありながらも創世の重大な源になった存在にござりましてな。あなた様とインテグリータス殿下とは、現在その力を引きだすことのできる唯一の存在。お二人の力を合わせることによりはじめて、あらゆるものを無に帰そうとする闇の勢力の力を削ぐことが叶いまする」
「そ、そうなんですか……」
なるほど。確かに言われてみれば納得だ。
ここしばらくの座学でも、創世の伝説について学ぶ機会があった。
なにもなかった無の世界に、白き精霊と黒き精霊が現れ、力を合わせて、ありとあらゆる「在る」世界を創りだした──と。
現在、スピリタス教を奉じる神殿が崇めるのは、風のヴェントゥス、火のイグニス、土のソロ、金のメタリクム、そして水のアクアという五つの精霊神だ。だが魔導士たちによれば、実際はそれらの精霊神すらも、白き精霊神と黒き精霊神によって創られた被造物にすぎないという。もちろん、神殿はそのことを否定しているわけだが。
「座学でもすでに学んでおられるでしょうが、辺境の地域ではまだその太古の二柱を崇める信仰も残っておりまする。神殿の影響の強い都市部ではすっかり廃れてしまった信仰ではございまするがな」
そうなのだ。
神殿を統率する最高位神官は、名をサクライエというらしい。この者は大いにその太古の信仰を忌避し、できるだけ排除しようと長年動いてきたという。神殿が、白き精霊神と黒き精霊神を奉ずる魔導士たちの勢力と仲が悪いのも当然のことなのだった。
「もちろん、風をはじめとする五柱にも力はございまする。ですが存在の根本を忘れた者に、本来の力が発揮できるものではございませぬ。が、サクライエらはそれを認める様子はなく……。ゆえに大きな力を持てず、いまだ地方が闇に飲まれるのを止めることもできずにいるという体たらく」
イタチの老人はぴくぴくと髭を震わせた。これはこの老人がやや神経質になったときの癖らしい。
が、インテス様はけろっとした顔だった。
「まあ、我らが力を合わせて闇を排除すればいいことだ。それであのサクライエめも少しは大人しくなろうというもの」
「そ……そうなんですか」
「ああ。さあさあ、そんなことを今から心配していても仕方がない。すぐに訓練に入ろうぞ」
「左様ですな。要らぬことにござりました」
では始めましょう、と言って、師匠はすぐに二人の魔力を合わせる技について説明を始めた。
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