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第五章 輝く世界
13 奉仕と快楽
しおりを挟む「すみません! すみません……! ゆるしてくださいっ……」
自分だけがさっさと達して、相手に体の後始末をしてもらうだなんて。親方にどんなひどいお仕置きをされることか──
あの恐ろしいお仕置きの恐怖が甦り、喉がつまる。トゲつきの鞭の痛み。ひどいときには爪や皮を剝がされ、耳や尻尾を削られる。食事抜きのせつなさ。寒くて硬い地面の上で眠ること……。
あまりの恐怖で舌が喉の奥に張り付いたようになる。全身が、しっかりと身体に覚え込まされたお仕置きへの恐怖に強張っていく。震えが止まらない。
尋常でないシディの様子を目のあたりにして、殿下は寝台の上で布を片手に半身を起こし、しばらくぽかんとしていたようだった。が、すぐにハッとなってそばに降りてこられた。
「シディ、シディ。落ち着いてくれ。なにも問題ない。大丈夫だ」
「ヒイッ!」
肩に触れられた瞬間、びくっと反射的に飛び上がる。
さらに一馬身ほど飛びすさり、部屋の隅でまた蹲って頭と腹を抱え込み、額を床にうちつけてブルブル震える。飛んでくる鞭や拳や足から、少しでも体を守るためだ。そうしながら、ごめんなさい、ごめんなさいと泣き声で繰り返す。
「お願いです。ぶたないで。もうしません、おねがいです、おねがいですっ……」
「……シディ。お願いだ。頭をあげておくれ」
殿下の声はひどく傷ついたような、寂しそうなものだった。
「もう大丈夫なのだよ。なにも問題はない。ここはそなたがいた売春宿ではない。あの親方はもういない。誰もそなたに手を上げない。ここにはもう、そなたを害する者は存在しておらぬ。ただのひとりも」
シディはそれでも必死に顔を左右に振り、きつく自分の身体を抱きしめるばかりだ。
「シディ。頼むよ」
必死に自分の身体に巻きつけていた手を、そっと殿下の手が取り上げる。そのまま、甲に優しい口づけが下りてきた。
(あ……?)
あたたかい口づけ。
それでようやく、バクバクいっていた胸の音が穏やかになりはじめた。浅くなり、苦しかった息も少しずつもとに戻りはじめる。視界がようやく少し明るくなってきた。
頬に温かな感触がある。殿下が触れてくださっているのだと気づくのに、しばらくかかった。
「もう大丈夫なんだ。あのことは全部終わった。そなたが男娼のようにふるまう必要はもうない。今後、誰に対してもだ。もちろん私に対しても。いっさい、必要ないのだ」
「…………」
シディは恐るおそる殿下を見上げた。
「ほ……ほんとに?」
「ああ。さあ、しっかり目を開けてごらん。いま、自分がいる場所がわかるかい?」
「え……えっと」
きょろきょろと目を動かす。耳を立て、鼻をひくつかせる。
(……そうだ)
ここは、魔塔の島にある魔塔の一室。殿下と自分に与えられた寝室……。
あの売春宿ではない。
それでやっと、ぼんやりとシディの頭にかかっていた霞が晴れてきた。
これは現実だ。どうやら自分は、失神した挙げ句に半分寝ぼけてしまっていたらしい。
「す、すみません、殿下。オレ──」
「いいや、いいんだ。もう大丈夫か? シディ」
「は……はい」
ああ、なんてことだ。
あの売春宿での経験が、こんなことですぐに現実とごちゃごちゃになってしまうなんて。こんなふうに殿下を心配させてしまうなんて。
インテス様はようやくほっとしたように優しく微笑むと、そばにあった水差しから水をつぎ、シディの手に渡してくれた。喉を鳴らしてあっという間に飲んでしまう。思っていた以上に喉が渇いていたんだとはじめて気づく。
「無理もないことだ。あそこでそなたが長年受けていた、多くの苦しみ、虐待の数々を思えばな」
いつも優しいインテス様の声の奥底に、どうしようもない慚愧と呪詛が混ざりこんでいるような気がした。いや、気のせいかもしれないけれど。
「インテス、さま……」
「私こそ許してほしい。どうやら性急にすぎてしまったようだ」
「そんなこと──」
インテス様は暗い瞳を静かに伏せると、シディの身体をそうっと抱き寄せ、耳や髪を撫でてくださった。まるで壊れ物にするように。
「慌てる必要はないんだ。今夜はシディが気持ちよくなった。それで十分だ」
「そんな──」
口惜しさと情けなさで眼前が暗くなる。
この方に抱いて欲しいと思った。本当に、心から。そんな風に思ったのは生まれて初めてのことだったのに。ただただ、自分ばかりが奉仕されて気持ちよくなり、その勢いのまま眠りこけてしまうなんて。
「あの……っ。インテス様」
「うん?」
「もう一回……してもいいですか」
「えっ?」
インテス様の目が丸く見開かれる。
(でも)
このまま今夜が終わってしまうなんてイヤだ。絶対に。
そんなこと、許せない。
インテス様はしばらくぽかんとシディを見ていたが、やがてふふっと微笑んだ。ひどく嬉しそうな瞳で。
「仕切り直しということかい? シディ」
シディは黙って頷いた。決意をこめて、しっかりと。
インテス様の匂いが、さらに嬉しそうなものに変わったのがはっきりわかった。
「それは嬉しい申し出だな」
インテス様はまたシディの手を取ると、優しく甲に口づけて、再び寝台へと導いた。まるで、どこかの国のお姫様でも誘うように。
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