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第五章 輝く世界
10 くちづけ ※
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「……シディ。それは」
やっと言った殿下の声も、やっぱり少し掠れていた。
「うううっ」
言ってしまってから、急にまた身体じゅうが熱くなった。なんだかいたたまれない。足もとがふわふわして、思わずぱたぱた足踏みをしてしまう。まともに殿下のお顔も見られない。恥ずかしくてしょうがない。
インテス様は信じられないものを見るような目をして口元を隠し、しばらく沈黙されていた。
「……シディ。本気なのか」
「は、はいっ!」
目をつぶったまま大声で叫ぶ。
もうやけくそだ。こうなったらもう、開き直るしかない。
「私の自制心が極限まで試されている気がするんだが……正直、自信はないぞ」
「え、ええ?」
「いや。なんでもない」
すうっと目線を斜め上に向けられて首をかしげる。
そのかしげた顎をひょいと持ち上げられた、と思った次の瞬間、いきなり唇をふさがれていた。
「んんっ……!」
(あ、ちがう)
これは、いつもの触れるだけの軽い口づけとは違う。インテス様の唇がゆっくりと時間をかけてシディのそれを味わい、やがて舌で優しく唇を割りひろげられた。
ぬるりと這いこんできたのは殿下の舌だ。
くちゅりと自分の舌に絡みあわされた感覚に、息が止まる。
「んっ……んぷっ」
殿下は何度か唇の合わさる方向を変え、何度も何度もシディに口づけをした。
あの独特な男の匂いが強くなり、《半身》としての匂いと混ざり合って、どんどん強烈なものになっていく。
シディはこの方との初対面の時を思い出した。あの時みたいに、今にも目が回りそうだ。
殿下の舌はシディの舌を味わい、歯列の裏や上顎の内側まで舐めている。そのたびに、くちゅくちゅと淫猥な水音が耳を犯す。そのたびに、身体じゅうが奇妙な薬でも流し込まれたように重く、熱くなっていく。
「んふっ……んんうっ」
シディはそれに応えるだけで精一杯だ。
あの店で、客にこんな風に口や唇を味わわれたことはなかった。
男娼を買いに来る男たちにとって、少年たちの口などほとんど尻の穴と用途は変わらない。つまり、大きな自分のモノを咥え込ませる以外の用などないのだ。あの男たちには。
ああして散々、不特定の客のモノを咥えさせられてきたこんな口を。
この方はこんなにも愛しそうに、丁寧に愛撫してくださる。本当に大切で大切でしかたがないと言うみたいに。
……なんだか泣きそうになる。
気がついたらシディの両腕はインテス様の首の後ろに回っていた。口づけがどんどん深く、熱くなっていくにつれ、足から力が抜けていく。多分もう立っていられなくなっている。殿下がシディの背中を抱きしめて支えてくださっていなければ。
「あ……は、でん……か」
脳の芯まで蕩けてしまいそうになりながら、やっと唇を離して見上げる。互いの口の間に銀色に光る糸が少しだけあとを引いた。
「シディ……」
殿下の吐息も熱い。じっとシディを見つめてくる瞳の中に、熱くて燃えるようななにかが宿っているのがはっきりわかる。それは殿下から漂ってくるあの匂いよりもさらに雄弁だった。
……欲しいと、思ってくださっている。
そう思うだけで、じいんと下腹部から全身へと、熱くて痺れるような感覚が広がっていく。
「でんか……。でんか」
泣きだしそうになりながら、シディはインテス様にしがみついた。
この人がもし、それでいいと言ってくださるのなら。自分はもう何をされたって構わない。いや、むしろそうして欲しい。
心からそう思ってる。
「でんか……。もっと」
ぎゅっとしがみつき、殿下の胸元に鼻先を埋めてねだる。
くすっと頭の上で苦笑する吐息が聞こえた。
「もっと? ……親密に、か?」
こくん、と頷いたと同時に、地面から足が離れた。ひょいと体が軽くなる。
「うわっ……?」
両腕で横抱きに抱え上げられ、慌ててまた殿下の首もとにしがみつく。すぐにまたちゅっと額のところに口づけを落とされた。ぱふぱふぱふ、と音がするなと思ったら、自分の黒いしっぽがまたしても殿下の下半身をしたたかに打っていた。
殿下がまたくはは、と笑った。
「本当に可愛いな、シディは」
「うっ。で、でんか……っ」
「本当だぞ。つややかな黒い毛並みもこの大きな耳も、しっぽも。大きな黒い瞳もこの小さな顔も。なにもかもが可愛い。……そなたは可愛い。この世のだれよりも」
「ううう……っ」
そんなことを言われたのは生まれてはじめてだ。
どう返事をしたらいいのかもわからず、シディはただただ赤面した。
「では、参ろうか」
「えっ……」
「まさかこの続きを、ここでというわけにもいくまい。いつなんどき、誰が入って来ないとも限らないし」
殿下はシディを抱いたまま周囲を見回している。夜のことでもあり、魔法訓練場にはだれもいない。しかし、個人で訓練をしたいと思う者はだれでもこの施設を使うことができる。殿下のおっしゃる通りだ。このままここでこれ以上のことをするのはまずすぎる。
「……本当にいいんだな? シディ」
「ううっ……」
そんな、何度も確認しないでほしい。
恥ずかしくて恥ずかしくて、どこかに隠れる穴でもないかとキョロキョロしてしまいたくなる。
真っ赤になりながらやっと頷いて見せたら、殿下はほっとしたようだった。
「ありがとう、シディ。だが、いやなことがあればすぐに言うんだぞ。そなたがいやだと思うことはなんであれ、私はするつもりはないから」
「は、……はい」
頷くとすぐ、殿下は大股に歩きだした。シディの体重なんて、まるで霞ほどにも感じていないような速さで。
やっと言った殿下の声も、やっぱり少し掠れていた。
「うううっ」
言ってしまってから、急にまた身体じゅうが熱くなった。なんだかいたたまれない。足もとがふわふわして、思わずぱたぱた足踏みをしてしまう。まともに殿下のお顔も見られない。恥ずかしくてしょうがない。
インテス様は信じられないものを見るような目をして口元を隠し、しばらく沈黙されていた。
「……シディ。本気なのか」
「は、はいっ!」
目をつぶったまま大声で叫ぶ。
もうやけくそだ。こうなったらもう、開き直るしかない。
「私の自制心が極限まで試されている気がするんだが……正直、自信はないぞ」
「え、ええ?」
「いや。なんでもない」
すうっと目線を斜め上に向けられて首をかしげる。
そのかしげた顎をひょいと持ち上げられた、と思った次の瞬間、いきなり唇をふさがれていた。
「んんっ……!」
(あ、ちがう)
これは、いつもの触れるだけの軽い口づけとは違う。インテス様の唇がゆっくりと時間をかけてシディのそれを味わい、やがて舌で優しく唇を割りひろげられた。
ぬるりと這いこんできたのは殿下の舌だ。
くちゅりと自分の舌に絡みあわされた感覚に、息が止まる。
「んっ……んぷっ」
殿下は何度か唇の合わさる方向を変え、何度も何度もシディに口づけをした。
あの独特な男の匂いが強くなり、《半身》としての匂いと混ざり合って、どんどん強烈なものになっていく。
シディはこの方との初対面の時を思い出した。あの時みたいに、今にも目が回りそうだ。
殿下の舌はシディの舌を味わい、歯列の裏や上顎の内側まで舐めている。そのたびに、くちゅくちゅと淫猥な水音が耳を犯す。そのたびに、身体じゅうが奇妙な薬でも流し込まれたように重く、熱くなっていく。
「んふっ……んんうっ」
シディはそれに応えるだけで精一杯だ。
あの店で、客にこんな風に口や唇を味わわれたことはなかった。
男娼を買いに来る男たちにとって、少年たちの口などほとんど尻の穴と用途は変わらない。つまり、大きな自分のモノを咥え込ませる以外の用などないのだ。あの男たちには。
ああして散々、不特定の客のモノを咥えさせられてきたこんな口を。
この方はこんなにも愛しそうに、丁寧に愛撫してくださる。本当に大切で大切でしかたがないと言うみたいに。
……なんだか泣きそうになる。
気がついたらシディの両腕はインテス様の首の後ろに回っていた。口づけがどんどん深く、熱くなっていくにつれ、足から力が抜けていく。多分もう立っていられなくなっている。殿下がシディの背中を抱きしめて支えてくださっていなければ。
「あ……は、でん……か」
脳の芯まで蕩けてしまいそうになりながら、やっと唇を離して見上げる。互いの口の間に銀色に光る糸が少しだけあとを引いた。
「シディ……」
殿下の吐息も熱い。じっとシディを見つめてくる瞳の中に、熱くて燃えるようななにかが宿っているのがはっきりわかる。それは殿下から漂ってくるあの匂いよりもさらに雄弁だった。
……欲しいと、思ってくださっている。
そう思うだけで、じいんと下腹部から全身へと、熱くて痺れるような感覚が広がっていく。
「でんか……。でんか」
泣きだしそうになりながら、シディはインテス様にしがみついた。
この人がもし、それでいいと言ってくださるのなら。自分はもう何をされたって構わない。いや、むしろそうして欲しい。
心からそう思ってる。
「でんか……。もっと」
ぎゅっとしがみつき、殿下の胸元に鼻先を埋めてねだる。
くすっと頭の上で苦笑する吐息が聞こえた。
「もっと? ……親密に、か?」
こくん、と頷いたと同時に、地面から足が離れた。ひょいと体が軽くなる。
「うわっ……?」
両腕で横抱きに抱え上げられ、慌ててまた殿下の首もとにしがみつく。すぐにまたちゅっと額のところに口づけを落とされた。ぱふぱふぱふ、と音がするなと思ったら、自分の黒いしっぽがまたしても殿下の下半身をしたたかに打っていた。
殿下がまたくはは、と笑った。
「本当に可愛いな、シディは」
「うっ。で、でんか……っ」
「本当だぞ。つややかな黒い毛並みもこの大きな耳も、しっぽも。大きな黒い瞳もこの小さな顔も。なにもかもが可愛い。……そなたは可愛い。この世のだれよりも」
「ううう……っ」
そんなことを言われたのは生まれてはじめてだ。
どう返事をしたらいいのかもわからず、シディはただただ赤面した。
「では、参ろうか」
「えっ……」
「まさかこの続きを、ここでというわけにもいくまい。いつなんどき、誰が入って来ないとも限らないし」
殿下はシディを抱いたまま周囲を見回している。夜のことでもあり、魔法訓練場にはだれもいない。しかし、個人で訓練をしたいと思う者はだれでもこの施設を使うことができる。殿下のおっしゃる通りだ。このままここでこれ以上のことをするのはまずすぎる。
「……本当にいいんだな? シディ」
「ううっ……」
そんな、何度も確認しないでほしい。
恥ずかしくて恥ずかしくて、どこかに隠れる穴でもないかとキョロキョロしてしまいたくなる。
真っ赤になりながらやっと頷いて見せたら、殿下はほっとしたようだった。
「ありがとう、シディ。だが、いやなことがあればすぐに言うんだぞ。そなたがいやだと思うことはなんであれ、私はするつもりはないから」
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