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第五章 輝く世界
8 インテス様との訓練
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「って。シディはそうじゃないのかい」
あっ、しまった。余計に傷ついた目になっちゃったぞ、殿下。
「そっ、そんなことありませんっ。オ、オレだって……」
修行や勉強で手いっぱいで目が回りそうなだけで、ちょっと時間があいたりすれば急に寂しくなる。胸の中にすうすう隙間風が吹くみたいな気持ちになる。だから本当は、インテス様がおっしゃることもよくわかる。
今までずっと離れて生きてきたんだなんて信じられないぐらい、隣にこの人のぬくもりがないと落ち着かない気分になるのだ。どうしようもなく。
殿下がゆっくりと首をかしげた。
「『オレだって』、なんなんだい?」
その拍子に、長い金色の髪がはらりと顔におちかかる。その瞳は笑っている。それがひどくきれいで、どきっとする。
「最後まで言ってくれなくては」
「え。あ、あのあのっ……」
ぐいと顔を近づけられて慌ててしまう。そんなきれいな瞳が急接近してきたら、勝手に胸が高鳴ってしまうではないか。
そんな、やめてくれ。心臓がもたない!
「……っさ、さ、さびしい……です」
「本当か?」
「ほ、ほんとですっ!」
だしぬけに、どこから出たのかと思うぐらい大きな叫び声が飛び出てしまってさらに赤面してしまう。
「本当かなあ。心配だ。なんだかそなた、今ではすっかりセネクスに懐いてしまっているじゃないか。学生や教官とだって、私などよりずっと仲よくなっているようだし。ずいぶん可愛がられているようじゃないか」
「そ、そそ、そんなことっ……」
真っ赤になって抗議しようとした口に、小さく切り分けた鶏肉をぽいとまた放り込まれた。じゅわっと肉汁が口に広がる。
……どうやらからかわれたようだ。また。
「むぐっ……で、でんかっ……!」
「ふははは!」
殿下はひとしきり笑ってから「じゃあ、食後に少し休んだら魔法のおさらいをしような」とおっしゃった。
◆
「さて。まずはシディが昼間にやったようにやって見せてくれ」
というわけで、食後。
少し休憩をはさんでから、インテス様はシディを連れて魔法訓練場にやってきた。空はすっかり夜の装いになり、少し欠けた月がぽかりとあがっている。星々が眼前に迫ってくるほどはっきりと見えた。
シディはまず、言われた通りに精神と呼吸を整え、体の前で何かを包み込むように手を構える。その中に、まずは火の玉を作り出すことを思い描く。
火の魔法は、火の精霊イグニスの魔力を借りて行われると言われている。実際は、世界に存在するありとあらゆる「火」の要素を借り、練り上げて魔法として昇華させるというものだ。
これには、頭の中でどれほどそのイメージを具体的に、また詳細に作り上げられるかが肝要だという。
ちなみに神殿でも魔法は使われているが、彼らはもっと宗教的な要素を重視してこの技をおこなっていくらしい。あちらでは呪文──というか、神に対する祈りの言葉というほうが近いだろうか──を使うことが普通らしいが、魔導士たちはそうしたものは使わない。
すべては心の中で完成され、完結する。自分のイメージを固めるために補助的に杖や呪文に近いものを使うことはあるが、高位の魔導士になるほどそうした「型」からは離れていくという。
とはいえ、シディなんて初心者中の初心者だ。セネクス様に勧められて魔法の杖を持ち、簡単な呪文も口にする。呪文は他人に聞こえる必要はなく、口の中でそっと唱えればよい。なにより大事なのは自分の中で炎のイメージをきちんと固めることだ。
「ポテスタス・オブ・イグニス、ダーレ・メ・クエーゾ……」
要するに「精霊神なるイグニス様、そのお力をどうぞ私にお遣わしください」といったような意味だ。
手の中に炎。手の中に炎がぽっと出現する──
額に汗をにじませながら一生懸命に念じるが、やっぱりダメだった。結局、ぺふっと情けない音をたてて手の中に現れたのは、わずかな黒い煙だけである。
(ああ、ダメだ──)
がくりと肩を落とす。
対するインテス様は特に落胆する様子はない。ちょっと顎に手を当てて何ごとかを考えていらっしゃる。
「うーん。なるほどな」
「ど、どうですか……? 全然ダメでしょう」
「いや。最初でこれだけできていれば上々だ。セネクス翁はどうおっしゃっている?」
「……え、えっと」
ぱっと頭に閃いた言葉があったけれど、むぐっと口を閉ざす。
いや、言えるわけがない。「もっともっとインテス様との仲を深めるとよかろうて」みたいなこと、とても!
が、インテス様はにやりと口角を引き上げた。
「ん? なんだ、シディ。なにか言われたことがあったようだな。言ってごらん」
「えっ。な、ななな、なんにもない、ですっ……!」
必死でばたばたと両手と首を横に振る。その拍子に、大事な魔法の杖が飛んでいった。慌てて拾いに走る。背後でインテス様がこっちに背を向け、腹を押さえて笑いをこらえていらっしゃるのが、振りむかなくてもわかった。
ちくしょう! 恥ずかしすぎる!
と、インテス様がすっと威儀を正してこっちを向いた。
「すまない、シディ。笑うつもりはなかった。実は爺からすでに聞いてるんだ」
「えっ。そ、そそそそれって──」
「『インテス様ともっともっと仲良く、親密になれ』。そう言われたのではないのかい? ん?」
「い、いいい、インテス様っ……!」
どかーん、と自分が爆発するのではないかと思った。
「ぷっ……はははは!」
遂にたまらず、インテス様が大笑いをなさった。
「うううう」
身の置きどころがないとはこのことだ。
シディはもう全身真っ赤に茹で上がったまま、魔法の杖を手に、ぷるぷる震えて立ち尽くした。
あっ、しまった。余計に傷ついた目になっちゃったぞ、殿下。
「そっ、そんなことありませんっ。オ、オレだって……」
修行や勉強で手いっぱいで目が回りそうなだけで、ちょっと時間があいたりすれば急に寂しくなる。胸の中にすうすう隙間風が吹くみたいな気持ちになる。だから本当は、インテス様がおっしゃることもよくわかる。
今までずっと離れて生きてきたんだなんて信じられないぐらい、隣にこの人のぬくもりがないと落ち着かない気分になるのだ。どうしようもなく。
殿下がゆっくりと首をかしげた。
「『オレだって』、なんなんだい?」
その拍子に、長い金色の髪がはらりと顔におちかかる。その瞳は笑っている。それがひどくきれいで、どきっとする。
「最後まで言ってくれなくては」
「え。あ、あのあのっ……」
ぐいと顔を近づけられて慌ててしまう。そんなきれいな瞳が急接近してきたら、勝手に胸が高鳴ってしまうではないか。
そんな、やめてくれ。心臓がもたない!
「……っさ、さ、さびしい……です」
「本当か?」
「ほ、ほんとですっ!」
だしぬけに、どこから出たのかと思うぐらい大きな叫び声が飛び出てしまってさらに赤面してしまう。
「本当かなあ。心配だ。なんだかそなた、今ではすっかりセネクスに懐いてしまっているじゃないか。学生や教官とだって、私などよりずっと仲よくなっているようだし。ずいぶん可愛がられているようじゃないか」
「そ、そそ、そんなことっ……」
真っ赤になって抗議しようとした口に、小さく切り分けた鶏肉をぽいとまた放り込まれた。じゅわっと肉汁が口に広がる。
……どうやらからかわれたようだ。また。
「むぐっ……で、でんかっ……!」
「ふははは!」
殿下はひとしきり笑ってから「じゃあ、食後に少し休んだら魔法のおさらいをしような」とおっしゃった。
◆
「さて。まずはシディが昼間にやったようにやって見せてくれ」
というわけで、食後。
少し休憩をはさんでから、インテス様はシディを連れて魔法訓練場にやってきた。空はすっかり夜の装いになり、少し欠けた月がぽかりとあがっている。星々が眼前に迫ってくるほどはっきりと見えた。
シディはまず、言われた通りに精神と呼吸を整え、体の前で何かを包み込むように手を構える。その中に、まずは火の玉を作り出すことを思い描く。
火の魔法は、火の精霊イグニスの魔力を借りて行われると言われている。実際は、世界に存在するありとあらゆる「火」の要素を借り、練り上げて魔法として昇華させるというものだ。
これには、頭の中でどれほどそのイメージを具体的に、また詳細に作り上げられるかが肝要だという。
ちなみに神殿でも魔法は使われているが、彼らはもっと宗教的な要素を重視してこの技をおこなっていくらしい。あちらでは呪文──というか、神に対する祈りの言葉というほうが近いだろうか──を使うことが普通らしいが、魔導士たちはそうしたものは使わない。
すべては心の中で完成され、完結する。自分のイメージを固めるために補助的に杖や呪文に近いものを使うことはあるが、高位の魔導士になるほどそうした「型」からは離れていくという。
とはいえ、シディなんて初心者中の初心者だ。セネクス様に勧められて魔法の杖を持ち、簡単な呪文も口にする。呪文は他人に聞こえる必要はなく、口の中でそっと唱えればよい。なにより大事なのは自分の中で炎のイメージをきちんと固めることだ。
「ポテスタス・オブ・イグニス、ダーレ・メ・クエーゾ……」
要するに「精霊神なるイグニス様、そのお力をどうぞ私にお遣わしください」といったような意味だ。
手の中に炎。手の中に炎がぽっと出現する──
額に汗をにじませながら一生懸命に念じるが、やっぱりダメだった。結局、ぺふっと情けない音をたてて手の中に現れたのは、わずかな黒い煙だけである。
(ああ、ダメだ──)
がくりと肩を落とす。
対するインテス様は特に落胆する様子はない。ちょっと顎に手を当てて何ごとかを考えていらっしゃる。
「うーん。なるほどな」
「ど、どうですか……? 全然ダメでしょう」
「いや。最初でこれだけできていれば上々だ。セネクス翁はどうおっしゃっている?」
「……え、えっと」
ぱっと頭に閃いた言葉があったけれど、むぐっと口を閉ざす。
いや、言えるわけがない。「もっともっとインテス様との仲を深めるとよかろうて」みたいなこと、とても!
が、インテス様はにやりと口角を引き上げた。
「ん? なんだ、シディ。なにか言われたことがあったようだな。言ってごらん」
「えっ。な、ななな、なんにもない、ですっ……!」
必死でばたばたと両手と首を横に振る。その拍子に、大事な魔法の杖が飛んでいった。慌てて拾いに走る。背後でインテス様がこっちに背を向け、腹を押さえて笑いをこらえていらっしゃるのが、振りむかなくてもわかった。
ちくしょう! 恥ずかしすぎる!
と、インテス様がすっと威儀を正してこっちを向いた。
「すまない、シディ。笑うつもりはなかった。実は爺からすでに聞いてるんだ」
「えっ。そ、そそそそれって──」
「『インテス様ともっともっと仲良く、親密になれ』。そう言われたのではないのかい? ん?」
「い、いいい、インテス様っ……!」
どかーん、と自分が爆発するのではないかと思った。
「ぷっ……はははは!」
遂にたまらず、インテス様が大笑いをなさった。
「うううう」
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