白と黒のメフィスト

るなかふぇ

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第五章 輝く世界

7 夕餉

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 修行がはじまって、ひと月が過ぎた。
 その日の夕刻も、インテス様は例によって《飛翔》担当の魔導士と護衛武官らとともに魔塔の島へ戻ってきた。

「お、おかえりなさい、インテス様」
「ああ、ただいま」

 言ってすぐ、殿下はシディを抱きしめて軽い口づけをくださる。これはもう、ふたりの間で日課のようになっていた。朝起きたときと、出かけられるとき。それから戻ってこられたとき。殿下は必ず、シディを抱きしめてこうしてくださるのだ。
 食事は大広間で教官たちや学生と一緒にとってもいいのだったが、皇族であるインテス様がそれをやってしまうとほかの者らに変に気を使わせてしまう。
 みんなインテス様のことが気になってそわそわしたり、ちらちらとこちらに視線をよこしてきたりするものだから、どうしても落ち着いて食事ができない。そうかと思うと、積極的な者があれこれと殿下やシディに話しかけてくる。
 みんなには、皇族として、また《救国の半身》としてのこの人に聞いてみたいことが山ほどあるのだ。それは理解できる。できるけれど、やっぱり落ち着かない。こう言っては悪いけれど、鬱陶しくないと言えばウソになってしまう。
 初日がずっとそんな調子ですっかり凝りたふたりは、以来基本的に自室でいっしょに夕餉ゆうげをとることが多くなった。ちなみにこの時だけはティガリエ以下の護衛たちは部屋の外で警護をしてくれる。

「今日はどんな修行だった? シディ」
 インテス様はいつも、妙に楽しそうにシディの話を聞いてくれる。
「あ、はい。自分の魔力の流れを調整して、こう……小さな火の玉や水の玉を作る修行を」
 言いながら顔の前でもごもごと手を動かしてみせる。
「ほう、すごいな。もうそんなところまで」
「いえ、でも、どうもうまくいかなくて……」

 そうなのだ。毎回師匠に教えられたとおり、頭と胸と腹の調和を保ちつつ、精神統一に努め、前に構えた両手の間に必死に気持ちを集中させるのだったが。ぽふっといかにも情けない音をたてて、せいぜい黒い煙やら水蒸気みたいなものが出るぐらいのことだった。
 師匠は「まあ、気長に頑張るほかはないのう」と穏やかに笑っておられるだけだったけれど、情けなさに身が縮む思いだ。
 わざわざこんな所までやってきて、ほかでもない最高位魔導士さまに手ほどきを受けているというのに。そう思えば思うほど、訓練はうまくいかなくなるのだった。ともすると、情けなさで押しつぶされてしまいそうになる。
 しょぼんとしているシディを見て、インテス様は慰める顔になった。

「うん。まだ始めたばかりなのだ、無理もない。焦らなくていいからな」
「は……はい」
「疲れていないなら、この後すこし一緒に練習してみるか?」
「えっ。いいのですか」
「もちろんだ」

 実は殿下も《救国の半身》として、幼いころから魔力調節の教育は受けてこられたらしい。純粋な人間ピュオ・ユーマーノには大きな魔力を扱う人は多くないらしいが、殿下はやはり特別なのだ。

「で、座学のほうはどうだい?」
「はい、すごく難しいです。まだよく知らない言葉も多くって……。図書館から魔法事典を借りてきて、わからないことは引きながら聞いているんですけど。引いていたら説明がどんどん進んじゃって話がわからなくなっちゃうし……」
「ああ、それはそうだよな」
「ほかの学生の人にも色々教えてもらって、なんとかやってます。みんな親切にしてくれるので本当に助かってます」
「無理もない。そなたは文字を覚え始めたのだってつい最近なのだから。本当によくやっている。セネクス翁も、よく褒めておられるぞ。シディは十分頑張っていると」
「ほ、本当ですか?」
「ああ。心配はいらない」

 そう言われると心からほっとする。でも、たぶんこれもかなりの部分、殿下の優しさによる穏やかな表現だろうとも思う。この方はシディの心を傷つけないようにと、いつも細心の注意を払っておられるから。

「だからそなたは何ひとつ、自分を卑下する必要はないのだからな。この調子で頑張っていけばいいんだ。焦りはむしろ禁物だ」
「は、はい……」
「今日もさぞかし疲れただろう。少し魔法のおさらいをしたら、今夜も早めに入浴して休むとしよう」

 あっちこっち飛び回ってお疲れなのはご自分だって同じだろうに、インテス様はなんだか妙に嬉しそうだった。この人の温かな気遣いに触れるたび、心の中がほんわかと温かくなる。
 ……やっぱりやっぱり、大好きだ。

「あのう……インテス様」
「ん? なんだ」
「インテス様は大丈夫なんですか? お仕事が忙しいんでしょう。その、毎日ここへ戻ってきたりして──」
「何を言う」

 途端にちょっと傷ついた目をされてしまって、シディは慌てた。

「い、いえっ。来てくださるのはすごくうれしいんですけど……あの、大変じゃないのかなって」
「そんなことはない。私にとってシディは何よりの癒しであり、心のオアシスなのだから」
「へ?」
 オアシス? なんだそれは。
「色々聞かされていたが、今まで私には《救国の半身》というのがどういうものだか、本当にはわかっていなかったのだと思う。離れていると、まことに恋しい。本当に、自分の身が半分もがれたような気分になってな」
「え──」
「『半身』という言葉をまことに実感するんだ。一刻も早くそなたに会いたくてな。早々に仕事を片付け、一目散に戻ってきてしまう──」
「あうう……」
「って。シディはそうじゃないのかい」

 あっ、しまった。余計に傷ついた目になっちゃったぞ、殿下。

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