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第五章 輝く世界
6 魔法修行(2)
しおりを挟む「あの、そんな悲しそうな人とか、憎しみでいっぱいの匂いのする人はいなかったと思うんです、けど……」
「それはそうであろうな」
師匠はちょっと苦笑した。
「生まれつき、心のねじくれた者というのは存在する。どんなに愛情深い親から生まれていても、周囲の誰から虐げられたというわけでなくともな。……不思議なことだが、それは一定の割合で生まれてくるのだ」
「……え、それじゃあ──」
「そうした者にも、魔塔は一定の対処をする。これは世界を守るための義務なのじゃ」
「えっ。対処って……」
師匠はふとまた寂しそうな目になった。が、それは一瞬のことだった。
「腹の中にいる子と同じことじゃ。その者が発する魔力を制限する魔法をかける。……そうして、魔塔からも放逐するのじゃ」
「ええっ」
思っていた以上に厳しい「対処」で、シディはびっくりした。
「その後は普通に、一般の民と同じく何か職を探して生きていけるよう援助はする。……が、大抵はねじくれた心をさらにねじくれさせて、ろくな仕事をせぬ者が多いのじゃがの」
「そ、それって」
「野盗だの詐欺師だの、胡散臭い傭兵団の傭兵だのという、いわゆるゴロツキになってしまうことが多い。性格が歪んでおるゆえ、家庭生活には恵まれぬ者が多いしの。魔力を制限されているためさほど大きな害にはならぬのじゃが──こればかりは、魔塔としてもどうしようもない面があっての」
「そ、そうなんですか……」
なんだか気の毒な話だ。
本当なら、魔導士としてもっと人々の役に立つ仕事ができ、人々から尊敬される立場にもなれたかもしれないのに。心のありようひとつで、そんなにも運命が左右されてしまうなんて。
「そうした者らは、どうしても《闇の勢力》に取り込まれやすくなる。魔力が制限されているゆえ大した結果にはならぬが、やはり危険でな。我ら魔塔の魔導士は、そのことに常に目を光らせておかねばならぬ」
「…………」
これは、思っている以上に大変なことのようだ。シディは気持ちが塞いでくるのを覚えつつも身が引き締まる思いがした。大きな力を持つといういうことには、当然、責任が伴うということなのだろう。
「ああ、すまぬ。つい話しすぎてしもうたようじゃ。いよいよ実践に入ろうかの」
「は、はいっ」
「まずは心を整える。これが最も肝要じゃ」
「はい」
「目を閉じてみよ」
「はい……」
ゆっくり目を閉じる。
「心の中の波を想像してみよ。それがしっかりと凪いでいる状態を思い描き、五感を研ぎ澄ませる」
言われた通り、しばらくじっと目を閉じて呼吸を整える。だが、最初のうちは勝手がわからなかった。だがそのうち、もともと敏感なシディの耳と鼻、それに肌の感覚が鋭敏になっていくのを感じた。
穏やかな風が肌や尻尾のそばを通り抜けていく感覚。
ずっとずっと遠くで、ほかの学生たちが魔法の訓練をしているらしい声。空を飛ぶ小鳥たちの声もする。島の中にいる多くの人々の息遣い。そして、島に打ち寄せているさざ波の微かな音──
においも同様だ。学生たちのため、今夜の夕食を作っている厨房の料理の香り。今日はきっと根菜のいっぱい入ったスープが出るぞ……。
「次に呼吸。ゆっくりと吸って、吐く。……さあ、このように」
言って師匠は小さな体で大きく腕を開いたり、閉じたりを繰り返してみせた。
「ほれ、やってみよ」
「はいっ。す、すう──、はあ──……」
「もっとじゃ。もっとしっかりと吐く。慌てずともよい。吸うことよりも、まずはしっかり吐くことに意識を集中させて……もう一度」
「はいっ……」
こんな感じで、一日目は解説と呼吸法で終了した。
「心を整える」のところがいまひとつ分からないのでその後もあれこれ質問してみたが、師匠は「ほほほ」と意味深に笑っただけだった。
「まあそなたの場合はなにをするより、インテグリータス殿下と仲良くすることこそが肝要じゃろうて──」と。
(ええっ? な、なんだよ……)
とつぜん何をおっしゃるのだろう。
赤面を禁じ得ない。とはいえきっと、それが正解なのだろうなとも思う。
インテス様との関係がぎくしゃくすれば、自分はかなり精神的にグラグラしてしまう。それはもうイヤというほど実感していたからだ。
いったいどうしたらいいのだろう。
あれからもずっと同じ部屋で寝起きしているけれど、口づけ以上の触れあいはない。夜だって、殿下はシディを優しく抱き寄せて眠るだけだ。あの方はとてもとても、シディの心と体を大事に考えてくださっているらしくて。
本当のことを言うと、実はちょっと不満だった。
……だって自分は、男に体を売っていた人間だ。今さらなにも大事にされるようなものは残っていない。なにひとつ。
でも、本能的に怖いという気もしている。
もしも自分が、同い年の普通の少年だったら慣れているはずもない色んな性技に長けていることを知られてしまったら?
(……がっかり、されちゃうかも)
そうだ。
正直、そのことを考えない日はなかった。
ほかのことに没頭していなかったら、ついついそればかり考えてしまう。
だからインテス様が積極的になられない以上、こちらからそうするわけにもいかなかったのだ。
……ただただ、怖い。
あの方にがっかりされ、嫌悪されてしまったら。そう思うと何も手につかなくなってしまう。急に精神がぐらぐらに不安定になって、「集中せよ」と師匠に叱られることもよくあった。
だけど、自分ではどうしようもないのだ。この感情は。
こんな経験ははじめてだった。
(嫌われたくない……インテス様)
あの方にだけは、絶対にだ──。
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