白と黒のメフィスト

るなかふぇ

文字の大きさ
上 下
41 / 209
第五章 輝く世界

5 魔法修行(1)

しおりを挟む

「さあ、準備はよいか。まずは基本の『キ』。己が魔力を制御する方法から始めるぞ。オブシディアン」
「はいっ。よろしくお願いします!」

 そんなわけで。
 シディは翌日から、最高位魔導士セネクス翁による魔法の個別指導を受けることになった。
 これまでシディに対して敬語を使うことが多かったセネクス翁だったが、「これよりはそなたの魔法師匠となるゆえ、ここからはとりやめとする」と宣言し、以降はきっぱりと敬語をやめた。名前にももう「殿」はつけない。
 魔塔内部にある魔法修練場は、円形の広い空間となっている。石造りの壁に囲まれた屋根のない広場だ。ここで日々、見習い魔導士たちが魔法の修練を重ねているのだという。修練場はここだけではなく、魔塔のあちこちに存在するらしい。

 セネクス翁は気を使ってくださったのか、シディを教えるときは必ずふたりきりにしてくれていた。もちろん、片隅にはいつも影のように護衛武官のティガリエが控えていたけれども。
 ちなみにインテス様はというと、セネクス翁にシディを預けて、日中はあちこちに出かけておられ、不在のことが多かった。《飛翔》のための魔導士と自分の護衛武官を連れて、帝国内での仕事に従事されているらしい。予想していた以上にお忙しそうだ。
 それでも夜になると必ず戻ってこられて、シディとともに夕食をとり、同じ部屋で眠る。それだけはどうしても守ると決心しておられるように見えた。

「先にも少し申したし、座学の講師からも説明があったであろうが、魔法というものはおのが精神の出来と非常に密接な関係がある」
「はい」
「ゆえに、つねに己が精神を見極め、見定めよ」
 言って師匠は、まず自分の頭を指さした。
「魔法は頭、すなわち『知』と」
 次に胸。
「胸、すなわち『心』」
 次に腹。
「そして腹の『力』、この三つが調和よく制御されることではじめて本来の力を発揮する。まずはそれらをできるかぎり安定させることが肝要じゃ」
「はい」

 シディは自分の頭と胸、そして腹をそっと撫でた。
 これは座学の講師も言っていた。
 魔法修行はこうした実技ばかりではない。部屋の中で座学をおこなうことも多かった。座学に関しては、他の見習いたちと一緒に大講堂で授業を受けることも多い。ここでのシディは一応「特別聴講生」という身分を与えられている。
 ほかの魔法学生たちはそれぞれ学年に応じた色のマントを与えられているのだが、シディも一応聴講生として、フードつきの黒いマントを支給された。
 もともと黒い体なものだから、ちょっと遠くから見るとほとんど黒い影のようにしか見えない。そこにぴょこんと黒い耳が生えている。その後ろから、足音もたてずに巨躯のトラの武官がぴたりとついて回るのだ。ほかの学生たちからは、かなり異様な光景に見えたことだろう。

「赤子の時、生まれ落ちてすぐに魔力が発現することが多いのは、なにより腹の『力』による。まだ『知』も『心』も幼いゆえに、当然そうなるのだ。ゆえに生まれたての赤子の魔力は暴走しやすいとも言える」
「ぼ、暴走?」
「左様。『腹が減った』、『眠たい』、『暑い、寒い』『退屈だ』『体のどこかが痒い』。赤子は純粋な欲望を素直に表現する存在だ。魔力のない子はそれを泣くことで表現するが、魔力のある子は魔力として放出してしまう場合が多い。ひどいときには周囲の家族を惨殺してしまう場合すらある」
「ええっ」

 そんな。それじゃあ、その子は生まれた瞬間に家族を喪ってしまうじゃないか。

「家族も家も、なんならその村全部をも吹き飛ばしてようやく、『これは魔力のある子だった』とわかるようなこともある。まれにだがな。そうなってしまっては悲劇だ。……ゆえに、我らは出産に先立って妊娠した者を調査する。魔力のある赤子が宿っているとわかれば、事前にそれなりの処置をする。それが魔塔の仕事のうちのひとつじゃ」
「そ、そうなんですか……」
「大きな力は、きちんと制御せねば多くの場合、持ち主を不幸にしてしまうもの。そのような悲劇によって孤独に落とされた魂は、えてして周囲に対して非常に攻撃的な存在になる。下手をすれば世界全部を滅ぼそうなどという者も生まれる。つまり自分自身とともに、世界をも破滅させようとする輩に」

 そこでなぜか、師匠は少しだけ寂しげな目をしたように見えた。その目がどこか遠くを見る風になる。

「……そうした『失敗』の歴史を多く積み重ね、いまの魔塔が存在する。そうさせぬようにすることが、魔塔の大きな役割なのじゃよ」
「は、はい……」

 なんだかどきどきする。
 今までちっとも知らなかった過去の出来事。自分はこれから、そうしたことも学んでいかなくてはならないのだろう。もちろん《救国の半身》としてだ。
 イタチの師匠は気を取り直したように、また穏やかな微笑みをうかべた。冬が少しずつ近づいてきているためか、師匠の毛並みは茶色いものからだんだんと白いものが増え始めている。

「その者が発する魔力はそのまま、その者の心の在りように大きく左右される。狭隘きょうあいな心しか持てぬ者は狭隘な魔力を発し、利己的な動機しか持たぬ者は利己的な魔力を放つ。これは本人がいかに努力したところでどうにもならぬ場合もある……残念なことではあるが」
「はい……。あの、師匠」
「なんだね」
「そのう……。この魔塔に来て、ほかの生徒さんたちをたくさん見ましたけど」
「うむ」
「あの、そんな悲しそうな人とか、憎しみでいっぱいの匂いのする人はいなかったと思うんです、けど……」
「それはそうであろうな」

 師匠はちょっと苦笑した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

狂わせたのは君なのに

白兪
BL
ガベラは10歳の時に前世の記憶を思い出した。ここはゲームの世界で自分は悪役令息だということを。ゲームではガベラは主人公ランを悪漢を雇って襲わせ、そして断罪される。しかし、ガベラはそんなこと望んでいないし、罰せられるのも嫌である。なんとかしてこの運命を変えたい。その行動が彼を狂わすことになるとは知らずに。 完結保証 番外編あり

大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!

みづき
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。 そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。 初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが…… 架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。

嫌われ者の長男

りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....

皇帝陛下の精子検査

雲丹はち
BL
弱冠25歳にして帝国全土の統一を果たした若き皇帝マクシミリアン。 しかし彼は政務に追われ、いまだ妃すら迎えられていなかった。 このままでは世継ぎが産まれるかどうかも分からない。 焦れた官僚たちに迫られ、マクシミリアンは世にも屈辱的な『検査』を受けさせられることに――!?

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

親友と同時に死んで異世界転生したけど立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話

gina
BL
親友と同時に死んで異世界転生したけど、 立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話です。 タイトルそのままですみません。

将軍の宝玉

なか
BL
国内外に怖れられる将軍が、いよいよ結婚するらしい。 強面の不器用将軍と箱入り息子の結婚生活のはじまり。 一部修正再アップになります

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 設定ゆるめ、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。 ★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

処理中です...