白と黒のメフィスト

るなかふぇ

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第五章 輝く世界

3 魔塔と神殿

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「そもそもこの世界は、どこかで一度大きな変転があったもののようにござりまする」
「変転?」
「大きな転換点、変化が起こった時期があるということだな」

 そんな調子で難しい言葉はインテス様がときどき助けてくださりつつ、シディは老人の話を聞くことになった。
 老人の話はこうだった。
 いま現在残っている古代の記録では、この世界は一度、過去に大きな滅亡を経験しているらしい。その頃にはまだ、大地はもっと多くて海は少なかった。人々の数も今よりずっと多くて、多様な国々が数多くあったものであるらしい。

「残存する古代文書は、解読が非常に難しゅうござります。一番の問題は、言語が様々に異なることにござりました」

 国が分かれていれば、それだけ異なる言語の数も増えてしまう。この魔塔でも遺された文書を読み解く努力は進められているものの、わかっていることは少ないらしい。
 現在、この世界で用いられる言語はいくつかあるけれども、百も二百もあるわけではない。だが、過去の世界ではそれが普通だったようなのだ。

「そして、ひとつ大きな問題がある。それはこの魔塔に対する神殿勢力の介入だ」
「神殿……」

 それはシディも聞いたことがあった。
 この世界には、精霊神を崇める神殿がある。魔塔と並んで大きな勢力を持つこの宗教組織は、一応政治的に中立を保つことを旨としてはいるものの、明らかに皇帝とは対立する存在だった。
 彼らは精霊神を崇めている。つまり精霊を信仰している。それなら精霊の力を奉じる魔塔の魔導士たちと敵対するのはおかしいように思われるのだが、実際はそうではなかった。むしろ犬猿の仲と言っていい。

「昨日も申した通りですじゃ。神殿の神官どもは精霊に必要以上の人格を求め、みずから規定し、それを崇め奉っておりまする。我らはそれに対して、精霊とは宇宙の根源的な力に過ぎず、さほど明確な人格のある存在とは認めておらぬ」
 インテス様があとを引き継いだ。
「古代文書ではもとは同じ集団だったということだったが、千年も前にこうした考え方の違いもあってたもとを分かった。以来、両者はずっと敵対的な立場でありつづけている」
「…………」

 どうやら自分はかなり難しい顔になってしまっていたのだろう。インテス様はそこで、ふっと表情を優しく緩めて言った。

「要するに、神殿と魔塔とは仲が悪い。……これはわかるな?」
「は、はい」
「ついでに言うと、皇帝と神殿も仲が悪い。まあ当然だ。神殿は『この世における最上位存在は精霊神』と言い、皇帝はまるでそのはるか下の、使いっ走りかのような扱いをするからな。度量のある徳の高い皇帝なら『まあよいか』と見過ごすようなこともあるだろうが、少なくとも現皇帝はそうではない。……そなただってわかるだろう?」

 なるほど。
 インテス様が「現皇帝」と呼ぶのはこの人の実の父親のことなのだが、その表情といい口調といい、ちっとも好意があるようには見えなかった。つまりそういうことなのだろう。
 シディもあの売春宿で客が話すのを聞いたことがある。現皇帝は、かなり狭量で傲慢な男であるらしい。まあそのへんは、誰かから教えられるまでもない。先日拝謁して、嗅覚から本能的にもわかったことだ。

 そして、なぜかその男からこんなに素晴らしい皇子が生まれた。きっと、お母さまが素晴らしい方だったのだろうな、なんて思ってしまう。
 文武両道で心優しく、下々にも分け隔てのない態度で接するインテグリータス殿下は、この国の人々の人気者だ。だから本来なら跡取りの第一候補として認めていいはずのところ、父親である皇帝はこの息子をひどくうとんじているという。そして、体が弱く病気がちで性格もさして見るべきところもない第一皇子を皇太子に据えた。もう十年も前のことだ。
 もしかすると、殿下が帝都から少し離れた離宮に住んでいらっしゃるのもそうした事情によるのかもしれない。あれほど不快そうに皇宮を「魑魅魍魎の住まう場所」と言い切っておられたのも納得だ。もしかしたら殿下ご自身、これまで暗殺の危険を感じることがあったのかも。

「私が幼時に生きながらえられたのは、ひとえに《救国の半身》であったればこそ。世界を救うと言われている存在を、おいそれと暗殺などできぬからな。神殿でもこちらの魔塔でも、同様に精霊のお告げが出てくれたおかげだ」
「お告げ? そんなのがあるんですか」
 それは初耳だ。
「左様。《精霊の月》、《精霊の日》の最初の一刻に、神殿と魔塔にお告げが下りたのでござりまする。その日がインテグリータス様と、あなた様がまさにお生まれになった日にござりまする」
「へええ……」
「生まれた子には、そのとき額の上に特別な精霊の光、しるしが宿りまする。インテグリータス殿下は皇子であらせられたゆえ、その事実がすぐに人々に知られることになり申した」

(そうか……)

 対するシディは人里離れた場所で、父に見守られながら生まれた。《半身》の事実を知っていたのは、黒狼王とその妻である母だけだったのに違いない。
 インテス様は不思議な色を瞳にうかべて自嘲ぎみに笑った。

「おかげで少年時代、さほど多くの暗殺や謀略に遭遇せずに済んだ。これはまことに幸運だった。でなければ私など、今頃とっくに冷たい土の下にいるだろうよ」
「インテス様っ……!」

 殿下は「まったくなかった」とは言わなかった。ということは何度かは、暗殺による命の危険にさらされたということだ、この人は。

(なんてことだ──)

 想像するだけでぞっとする。体が芯から震えてくるほど怖い。もしもそんなことになっていたら、今、自分の隣にこの人はいなかったのだ……!
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