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第五章 輝く世界
1 腹としっぽと
しおりを挟む翌朝。
シディはインテス様の隣で目を覚ました。
(うわあ……)
その途端、光り輝くものが視界をいっぱいに占めて、シディは目を瞠った。まだ夢の中にいるのではないだろうか。しばらく自分の感覚を疑ってしまう。
だが、何度目を閉じて開いてみても、その光景はそのままだった。
日よけ布の隙間から入り込んでくる朝の光に照らされて、太陽のように輝く人が隣に眠っている。
静かな寝息。整った鼻梁に、髪と同じ色の長いまつげ。やっぱり美しい人だ、とあらためて思う。その夢みたいな澄んだ紫色の瞳が開いたら、もっともっと美しいのだけれど。でもそうなったら心臓がもたないので、今はこのままがいい。
昨夜はあれからさんざん泣いて、しまいに泣き疲れて眠ってしまったようだ。ひどくお腹が空いているのは、夕食も食べずに眠ってしまったからだろう。
まさかこの人が寝台まで運んでくださったのだろうか。そう思ったら、急に申し訳なくなった。
(夢……じゃない、よな……? あれは)
何度反芻しても現実のことだとは思えない。
この人がまさか、この自分をつかまえて「好きだ」なんて言うなんて。
あ、「愛してる」とまでおっしゃっていた……ような。いや、あれはさすがに夢だったかもしれない。そんなに都合のいいことが次々起こってたまるもんか。
でも、そのあとの口づけは──
思って指先でそっと自分の唇に触れてみる。
ここにこの人の唇が触れたのだろうか。本当に? あれは現実か?
にわかに信じられなくなってくる。やっぱり、何もかも自分に都合のいい夢だったのかもしれない……。
シディは軽くため息をつくと、そろそろとなるべく音をたてないように身を起こした。そのままするんと寝台から滑りおり──ようと、したのだが。
急に腰のあたりを抱かれて、ぐいと力強く引き戻された。
「ふぎゃっ?」
「……どうしたんだ、シディ」
眠そうな殿下の声が後頭部の少し上あたりから聞こえてくる。気がついたら、背中側からがっちりと抱きしめられてしまっていた。身動きもできない。
殿下は鼻先をシディの髪につっこんでいるようだ。その上、シディの黒くて大きな耳にすりすりと頬ずりをなさっている。「う~ん」と、なんだかひどく気持ちよさそうな声まで聞こえた。
「ひいっ……」
背筋がぞくっとした。いやもちろん、不快だからではない。その逆だ。
全身が熱くなる。頭の中はもうぐるぐるだ。
と、殿下が上体を起こしてこちらを覗き込んだ。
「目が覚めたんだな。腹が減っているだろう? 食事を頼もうか」
おっしゃっている途中でもう、シディの腹が盛大な音を立ててしまった。
「うひゃあっ」
「はははは! シディの腹は正直だな。なかなかよろしい」
言って殿下はすぐに、寝台のそばに置かれていた鈴を手にした。ちりんちりん、と軽い澄んだ音が響くと、ほどなく男が現れた。
「おはようございます、殿下。オブシディアン様」
昨日この部屋まで案内をしてくれた魔導士だ。トカゲの形質の強い人で、フードを深くかぶっている。爬虫類の人たちは大体そうだが、この人も年齢がよくわからない。全体に落ち着いた雰囲気なので、きっと三十は越えているだろう。
爬虫類に特徴的な縦に切れ目の入った緑色の目が、宝石のようでとてもきれいだ。殿下が名を訊ねると、男はラシェルタと名乗った。
「申し訳ないが、ラシェルタ。食事を運んでもらえないだろうか」
「広間での朝食にもできますが、どういたしましょう」
「シディがまだ少し疲れているようなのでな。こちらでお願いしたいんだが」
「承知いたしました」
「目の周りを冷やすものも持ってきてもらえるとありがたい」
「承りました。少々お待ちくださいませ」
丁寧にお辞儀をしてラシェルタが去っていくと、あらためて殿下の腕がシディの体に回されてきた。
(うひゃ!?)
ちゅ、と軽く額に口づけられてびくっと体を固くする。
「昨夜はよく泣いたな。疲れているところにあれこれと申し訳なかった」
「え、あの……」
「だが。昨夜申したことは嘘ではない。だから、その──」
殿下はそこでちょっと言い澱んだ。
「今後はその……そなたと私は恋人同士。……と、いうことでいいのだよな?」
「え、ええっと……?」
片手で覆った口許からそろりと出て来た言葉を聞いて、シディはますます緊張した。
「えっ。ダメなのか」
いや、そんな風にあからさまに凹まないでほしい。ますます居場所がなくなっていく気になる。
「いっ、いえいえいえ! そうじゃなくて──」
「『こんな自分でいいのか』というセリフなら聞き飽きた。私がそれでよいと言っているのだからいいのだ。誰にも文句など言わせん」
「……うううう」
ぐりぐりぐり、と頭を撫でられてもう全身が熱い。
それなのに、しっぽの奴は勝手にブンブン振られていたようだった。背後でぴしぴし何か音がするなと思ったら、自分のしっぽが激しく殿下の顔を左右にはたいていた。
「ふははっ。シディのしっぽも可愛いな。どこもかしこも、正直でまことによろしい」
対する殿下は妙に嬉しそうである。
ますます身の置き所がなくなって、小さくなるシディだった。
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