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第三章 離宮にて
5 救国の半身
しおりを挟む「あの……インテス様」
「なんだ?」
「ずっときいてみたかったんですけど……」
「うん」
少年がかしこまっている様子を見て、インテスも手にしていた果物を置き、少し姿勢を正したようだった。
「なんだ? あらたまって」
「えっと。最初にインテス様が言ってた《救国の半身》って……なんのことですか?」
「……ああ」
青年は目をぱちくりさせ、「そうか、肝心なことをきちんと説明していなかったな」と前髪をかきあげた。
「この世界には、古代からとある伝説がある。現存する古文書によればだが、数百年に一度の周期でこの世界が滅びの危機に瀕するという伝説だ」
「ほ、滅びの……きき?」
「そうだ」
インテス殿下の話はこうだった。
かつて、ずっとずっと昔、この世界は大きな危機に陥った。世界中が凄まじい炎熱で燃え、大地は溶け、空気には恐るべき毒素が混じって、動植物のすべてが滅ぶ寸前まで行ったらしい。
その後、今で言う魔獣の群れがいずこからともなく現れて、生き残りの人々を襲い、むさぼり食らった。
各国の王たちは必死に自分たちの兵力を使って対抗しようとしたのだが、すべての努力はムダに終わった。
人々は絶滅の危機に瀕した。
まさに世界の終わり。
ついにこれですべてが潰えるかと思われたその時、ふたりの救世主が現れた。
「ふ、ふたり……?」
「そうだ。ひとりは白く輝く王であり、もうひとりは黒き輝きをまとう王だった──とも、言われている」
「そ、それが──」
「そう。《救国の半身》だ」
しかし、「黒き輝き」とは。
黒いものが輝くだろうか? よくわからない。
そもそも自分がその半身だなんていうことが信じられない。
首をかしげてしまった少年を見て、インテス様は苦笑した。
「信じられぬのも無理はない。私も最近までは半信半疑だった。しかし、こうしてすでにお互いがお互いの匂いに惹かれ、出会うべくして出会ったのだからな。そなたの立場は証明されたようなものよ」
「……そうなんですか?」
確かにインテス殿下の匂いは特別だ。最初のころ酩酊するほどだったのは、慣れてきたおかげでだいぶマシにはなったけれど、今でもうっかりすると眩暈を起こしそうになる。
「鼻のよくない純粋な人間の私にですら、そなたの匂いは格別に感じられる。うっかり気を抜くと理性を失いそうになるほどにな」
「……え?」
「あ、……いやいや」
なぜか「しまった」という顔をして、青年は顔の下を隠し、目をそらした。この人、よくこれをやるが、少年にはいまだにどういう意味なのだかよくわからない。
「でも、あの……。《救国の半身》が生まれてくるっていうことは、またこの世界が滅びそうになってる……ということなんですか?」
「……ああ。それなんだが」
シンチェリターテ帝国の傘下に入っている島々では、魔塔の魔導士らが十分に目を光らせているので大丈夫だが、そうでない地域ではまたもや魔獣たちの活動が活発になってきている。
これがさらに進むと、こちら地域にも大きな影響が出始めることになるだろう。
魔獣たちは理性に乏しく、食欲や攻撃欲が旺盛で殺傷能力が高いものが多い。
帝国としてはなんとしても、魔獣勢力の台頭を阻止する必要がある。
「そうでなくても我らにはあまり土地がない。土地がなければ穀物を育てることができぬ。食い物が少なければ民は増えぬ。人がいなければ国は栄えぬ。……つまりはまあ、そういうことだ」
「……はあ」
「今のところは大丈夫だが、我らがこの世に生まれてきたことには大きな意味があるはずだ。近いうち、なにか大きなことが起こるという前兆だと考えておいた方がいい。魔塔の魔導士たちも皇帝陛下も同様の考えだ」
「ええっ……」
そんな。
インテス様はともかく、自分なんかがこの世界を救うだなんて。そんな大それたことが自分なんかにできるだろうか?
「ずっとあんな場所で、ろくな教育も受けられずにそなたが育ってしまったことは大いなる痛恨事だった。だが、まだ間に合う。これからはしっかりと体力と知力をつけ、そなたも未来に備えてもらいたい」
「……は、はあ……」
肩のところにずっしりと重いものが乗ったような感覚で、なんだかげんなりする。命の恩人であるインテス様のお役に立つならなんでもしたい。けれど、本当に自分なんかが役に立つことなんてできるのだろうか……?
だがインテス様はにこっと笑ってシディの肩に手を置いた。
「心配いらぬ。魔力の発現には、なにより心の力が必要だ。つまり精神力だな。これには性格的なことが大いに関係する」
「えっ?」
「心の狭い者には少しの力しか使えぬことが多い。種類についてもそうだ。他人に対して酷薄な者には酷薄な魔法しか使えぬし」
そういうものなのか。
少し考え込み、目をあげたら、ものすごく綺麗な紫色の瞳にじっと見つめられていた。ひっ、と身を固くしてしまう。
急にどくどくと胸の音がうるさくなった。
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