白と黒のメフィスト

るなかふぇ

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第二章 新たな生活

6 精霊信仰

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「そも、今この世界で信奉される精霊信仰は非常に古い神々を崇めるもの」

 老人の説明は丁寧だった。恐らくは、あまり状況に詳しくない少年のことを念頭においてのことだろう。
 現在、この神聖シンチェリターテ帝国には精霊を崇拝する神殿の中枢があり、人々の信仰と魔法の制御をつかさどっている。かれらは精霊を崇めつつも、一応は皇帝に従う立場を維持しているそうだ。とはいえ「ご神託」と皇帝の意向とが対立する場合には神託のほうを選ぶらしいが。

 精霊スピリタスには五柱がある。それが先ほど二人が言った《風のヴェントス》《火のイグニス》《土のソロ》《金のメタリウム》《水のアクア》だ。五柱はこの世界の原初に係わった重要な神々なのだという。創世の物語には、必ずこの五柱の名が挙がる。
 それら五柱を象徴する色が、順に緑、赤、茶、黄色、青であり、五人の高級神官がそれぞれのグループの神官をまとめている形だそうだ。その上に三名で構成される最高位神官がいる。実際はそのうち二名は補佐であり、最高位の人物はひとりだけだそうだ。

「私が生まれたとき、『この赤子こそが《救国の半身》である』というご神託をおろしたのがその最高位神官、サクライエだ」
「ご、ごしんたく……??」
「その通りだ」

 インテス青年は目を細めてうなずいた。

(救国……? 国を救うって? どういうことなんだ)

 耳慣れない言葉の連続で、すでに少年の頭の中は混乱ぎみである。
 無理もない。こんな話、あの売春宿の中で聞かせてくれる人間はだれもいなかった。客や親方が話のついでに「皇帝陛下が」とか「神官さまが」という単語を使うことはあったけれど、断片的すぎて頭の中でなにも整理されていなかったのだ。
 仕事以外のときには、ひたすら体を休めることとさまざまな雑用で手いっぱいでもあったし。

「サクライエの神託と同時に、私の使命のひとつも決まった。つまり自分の《半身》を探しだすこと。つまりそなただ。しかも一刻も早く」
「…………」

 少年はひたすら呆然とするしかない。
 この青年が生まれたときというと、もう二十年も前の話なのではないか?
 だとしたらどうして──

「だが、申し訳ない。恐らく、そなたも私と同時にこの世に生まれ落ちていたはずなのだ。本来であればもっと早くに見つけられるはずだった」
 そうなのか? だったらどうして。
「《半身》は互いの特別な香りでもって自然に引きあう。お互いに、放っておいても出会えるほどに特別で、魅力的な香りを感じるからだ……。そなたもそれは感じてくれていたのだろう?」

 少年はすこし戸惑ったが、こくんと頷いた。確かに自分はここしばらく、この青年のとてもいい香りを感じつつ、いろいろと疑問に思ってきたのだ。
 青年は満足そうな顔で微笑んだ。

「前にも言ったが、私がこのように鼻の利かない純粋な人間ピュオ・ユーマーノだったことと、そなたがあのような卑劣な売春宿の主人に囚われていたことが主な原因だったようだ。あのオヤジは、しばしばあちこちに少年少女をひきつれて移動もしていたらしいしな。……無念だ」

 少年はうなずいた。
 そうなのだ。あの親方は少年少女を車に乗せては、新たな客を求め、しょっちゅうあちこちへ出かけていた。

「それに」少年を見つめる青年の目がまた悲しげになる。「そなたのその体格。……よくわからぬが、どうやらしばらく、事情があって成長できなかった期間があるのではないか? なにか覚えがないか」
「え? ええと……」

 いや、急にそんなことを言われてもわからない。
 自分は気がついたらあの売春宿にいた。生まれたときのことや親のこと、幼児までの期間のことはほとんど記憶にない。
 青年は、そうか、と眉をひそめて頭を抱え、首をふった。悔しさや歯がゆさ、ひどい後悔などにさいなまれているようだ。

「ともかく、すまない。そなたにこんなにも長い間つらい思いをさせてしまった……」
 少年はまたふるふると首を振る。
 と、ウサギの老人が「よっこらしょ」と腰をあげた。

「それでは、年寄りはそろそろおいとまを頂きましょうかの。治療院で待たせておる患者もおりますもので」
「おお、そうだな。忙しいところ、呼び立ててすまなかった、じい

 青年もさっと腰をあげた。つられて少年もぴょこんと立つ。
 先ほどからずっとそうだが、この青年は治癒師キュレイトーを親しみを持って「爺」と呼ぶのであるらしい。この人の人柄が知れるようで、少年はなんとなくほっとする気になる。
 が、キュレイトーが去るとわかってちょっとそわそわし始めた。
 急にこの人とふたりきりにされるのは緊張してしまう。「ウサギのおじいちゃん、まってよ」と今にも言ってしまいそうだ。

 しかし少年の望みも虚しく、老人は最後にまた少年に満足げな優しいまなざしを向け、ひとつお辞儀をして去っていってしまった。
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