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第一章 予感
2 懐かしい香り ※
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「さあ、もっと啼かないか。しっかり尻を振れ、この呪われた犬畜生め!」
今夜の客もまたこんな感じだった。
少年は必死で客の望みに沿おうと努力する。すべて罰が怖いからなだけだが。
尻に男のモノを咥えこみ、うつぶせになってきゃんきゃんと哀れっぽく啼いて、客の嗜虐心を満足させる。
「ふん、面白くないな。よし、こうしよう」
「ぎゃんっ」
背中に鋭い痛みを感じて、少年はとびあがった。
男が手にした刃物で、少年の皮膚を少し削いだのだ。鼻のいい少年には、すぐに自分の血の匂いがわかった。
またくだらないことをする客に当たってしまった。まったく運がない。
いや、自分には生まれたときからずっと運なんてないけれど。こんな姿に生まれたときから、あらゆる神の恩恵は自分を見放しているのだから。
「そら。つまらない啼き方をしたらひとつずつ傷をつけるぞ。頑張れよ!」
うはははは、と下卑た笑いが下りてくる。
残った奥歯を噛みしめて、少年は痛みを堪える。
「きゃんっ、きゃいんっ、うお~ん、うおっ、ウオオオ……っ」
犬に似た姿の獣人である少年は、啼けばそのまま犬のように鳴いた。それが嬉しいというので、気にいって通ってくる客もいる。
これでうまく悦ばせることさえできれば、親方に余分の報酬をはずんでくれる客もいて、そんなときにはいつもの薄い粥にほんの小さな肉のかけらが加えてもらえるので、少年は俄然、必死にならざるを得ないのだった。
今日の客は茶色いクマのような姿をしている。体が大きく、その分モノも大きい。腹の奥の奥まで貫かれてばんばん跳ね上げられ、息が詰まる。いまにも腹が裂けそうだ。
中にはイチモツに妙なものを仕込んでいる客もいる。本当かウソか知らないが、海の中にいる貝が抱いていた真珠を埋め込んで、質量を増やしているというのがいるのだ。
そんなものを小さな尻に咥えこまされると、いくら潤滑のための油を使ってもそこが裂け、血みどろになることも多かった。そんな状態であっても次の客が待ってくれるわけもない。いつもいつも、苦痛を堪えながら仕事をするしかない。
客は好き放題に自分の中に臭い精液を注ぎ込み、体もそれでドロドロにした上で、やっと満足して帰っていく。寝床に放り出された自分は、客の精液まみれでぼんやりと四肢を放り出していることが多い。
だが、ゆっくり眠ることなど許されないのだ。またすぐに次の客がやってくる。
親方のところには自分のような奴隷の男娼や売春婦が数名いるが、みんなひと晩で何人もの客をとる。
こんな生活をしているのだから、みんな短命だ。
数年前に自分が知っていた者のうち、生き残っている者はほとんどいない。
自分もきっとそうだろう。ここまで運よく生き残ってきたものの、いつ死んでもおかしくない。
いやになるほど丈夫なこの体が恨めしく思えることもある。
死んだほうがずっとマシだ。ときおり、すでにあっちへ逝ってしまった仲間の少年少女たちが心底羨ましいと思う。
なのに、死のうと思うとなにかが拒む。
胸のなかがカッと熱くなって《ダメだ、ダメだ》と叫んでいるような変な気分になるのだ。
なぜかはわからない。
ずっとわからないままだ……。
◆
少年がその不思議な香りを嗅いだのは、朝方になって客が途切れ、体を洗ってからぼんやりと寝床に転がっていたときだった。
獣人の、しかも犬としての鼻をもつ少年は匂いに非常に敏感だ。ほかにも敏感な種族はあるが、人間の鼻をもつ親方には嗅ぎ取れないことまで詳しく嗅ぎ分けることができる。
なんならその日の客の機嫌やら、体調までわかることすらあった。
(なんだろう、気持ちいい……)
体はまったく動かさず、目も閉じたまま、ただ鼻先だけをひくひくさせてぼんやりと考えた。
なんだろう、この不思議な香りは。
どこか懐かしく、ひどく心が揺さぶられるような気がする。ずっと忘れていた本物の涙が滲みだしそうになる。「悲しい」という気持ちを思い出してしまいそうになる。……そんな感情、あるだけ自分が損をするばかりなのに。
だが、それは一瞬のことだった。
香りは現れた時と同じように唐突に、ふっと消えてしまってそれきりだった。
(なんだったんだろう、あれ……)
少年は不思議に思いながらも、襲いくる重たい疲労と眠気には勝てず、すぐに眠りに落ちてしまった。
今夜の客もまたこんな感じだった。
少年は必死で客の望みに沿おうと努力する。すべて罰が怖いからなだけだが。
尻に男のモノを咥えこみ、うつぶせになってきゃんきゃんと哀れっぽく啼いて、客の嗜虐心を満足させる。
「ふん、面白くないな。よし、こうしよう」
「ぎゃんっ」
背中に鋭い痛みを感じて、少年はとびあがった。
男が手にした刃物で、少年の皮膚を少し削いだのだ。鼻のいい少年には、すぐに自分の血の匂いがわかった。
またくだらないことをする客に当たってしまった。まったく運がない。
いや、自分には生まれたときからずっと運なんてないけれど。こんな姿に生まれたときから、あらゆる神の恩恵は自分を見放しているのだから。
「そら。つまらない啼き方をしたらひとつずつ傷をつけるぞ。頑張れよ!」
うはははは、と下卑た笑いが下りてくる。
残った奥歯を噛みしめて、少年は痛みを堪える。
「きゃんっ、きゃいんっ、うお~ん、うおっ、ウオオオ……っ」
犬に似た姿の獣人である少年は、啼けばそのまま犬のように鳴いた。それが嬉しいというので、気にいって通ってくる客もいる。
これでうまく悦ばせることさえできれば、親方に余分の報酬をはずんでくれる客もいて、そんなときにはいつもの薄い粥にほんの小さな肉のかけらが加えてもらえるので、少年は俄然、必死にならざるを得ないのだった。
今日の客は茶色いクマのような姿をしている。体が大きく、その分モノも大きい。腹の奥の奥まで貫かれてばんばん跳ね上げられ、息が詰まる。いまにも腹が裂けそうだ。
中にはイチモツに妙なものを仕込んでいる客もいる。本当かウソか知らないが、海の中にいる貝が抱いていた真珠を埋め込んで、質量を増やしているというのがいるのだ。
そんなものを小さな尻に咥えこまされると、いくら潤滑のための油を使ってもそこが裂け、血みどろになることも多かった。そんな状態であっても次の客が待ってくれるわけもない。いつもいつも、苦痛を堪えながら仕事をするしかない。
客は好き放題に自分の中に臭い精液を注ぎ込み、体もそれでドロドロにした上で、やっと満足して帰っていく。寝床に放り出された自分は、客の精液まみれでぼんやりと四肢を放り出していることが多い。
だが、ゆっくり眠ることなど許されないのだ。またすぐに次の客がやってくる。
親方のところには自分のような奴隷の男娼や売春婦が数名いるが、みんなひと晩で何人もの客をとる。
こんな生活をしているのだから、みんな短命だ。
数年前に自分が知っていた者のうち、生き残っている者はほとんどいない。
自分もきっとそうだろう。ここまで運よく生き残ってきたものの、いつ死んでもおかしくない。
いやになるほど丈夫なこの体が恨めしく思えることもある。
死んだほうがずっとマシだ。ときおり、すでにあっちへ逝ってしまった仲間の少年少女たちが心底羨ましいと思う。
なのに、死のうと思うとなにかが拒む。
胸のなかがカッと熱くなって《ダメだ、ダメだ》と叫んでいるような変な気分になるのだ。
なぜかはわからない。
ずっとわからないままだ……。
◆
少年がその不思議な香りを嗅いだのは、朝方になって客が途切れ、体を洗ってからぼんやりと寝床に転がっていたときだった。
獣人の、しかも犬としての鼻をもつ少年は匂いに非常に敏感だ。ほかにも敏感な種族はあるが、人間の鼻をもつ親方には嗅ぎ取れないことまで詳しく嗅ぎ分けることができる。
なんならその日の客の機嫌やら、体調までわかることすらあった。
(なんだろう、気持ちいい……)
体はまったく動かさず、目も閉じたまま、ただ鼻先だけをひくひくさせてぼんやりと考えた。
なんだろう、この不思議な香りは。
どこか懐かしく、ひどく心が揺さぶられるような気がする。ずっと忘れていた本物の涙が滲みだしそうになる。「悲しい」という気持ちを思い出してしまいそうになる。……そんな感情、あるだけ自分が損をするばかりなのに。
だが、それは一瞬のことだった。
香りは現れた時と同じように唐突に、ふっと消えてしまってそれきりだった。
(なんだったんだろう、あれ……)
少年は不思議に思いながらも、襲いくる重たい疲労と眠気には勝てず、すぐに眠りに落ちてしまった。
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