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第六章 帰還
4 救国の麗人
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滄海に連れて戻られてから後は、ふたりはしばらく帝都の医療センターに入院させられることになった。宇宙には、まだ地球の人類にとって未知の物質や病原体がいないとも限らない。ふたりの健康状態を検査するのと同時に、そうした検査もおこなわなくてはならなかったのだ。
一般の病棟とは異なる、いわば「皇室御用達」の病室である。もちろん個室が基本なのだったが、ユーリと玻璃は事情が事情であるため二人で同室にしてもらえた。
玻璃とユーリがここから解放されるには、だいたい十日あまりかかるとのことだった。別に健康上問題がある感じはなく、ユーリも玻璃も元気そのものなのだったのだが、決まりは決まりなので仕方がない。
退屈で仕方なかったけれども、その間、瑠璃とロマンは毎日のようにふたりを見舞いに訪れてくれた。それでも初日は完全隔離とされてしまったために、ふたりは透明な窓を挟んで病室の外からこちらを見守るだけだったのだが。
いかつくて全身黒ずくめの男たちを従えてしおたれた二人が窓のところに並んでいるのは、いかにも犬がしょぼくれているのにそっくりだった。玻璃とユーリはついつい目を見合わせて笑ってしまった。
やがて少しずつ直接の面会や差し入れが許されるようになると、ロマンはもう大喜びで、彼の宝物であるサモワールと茶器を持ち込んだ。そうして二人のために、張り切ってアルネリオ式の紅茶を淹れてくれた。
ロマンは瑠璃に同行することが多かったので、お茶の席は玻璃と瑠璃、ユーリとロマン、そしてたまにイラリオン、そこに黒鳶と藍鉄が控えるという顔ぶれになった。
イラリオン兄は、故国でユーリのことをずっと心配している父と長兄のため、ある程度ユーリの健康が確認できたところで帰国していった。彼は持ち前の明るさで、この非常に難しい局面をからくも乗り切り、玻璃をとりもどして帰って来た弟のことを大いに評価してくれていた。
『まことに素晴らしい。なかなかできることではないぞ。俺も鼻高々だ。父上にも兄上にも、またこれまでお前をバカにしてきた宮廷の者どもにも、お前のことは俺が大いに自慢し、吹聴しておくことにするぞっ!』
『い、いえ。そこはどうかお手柔らかに。イラリオン兄上』
『なんのなんの。これからは、そやつらも間違ってもお前の存在を軽視するなどはできまい。これでお前は名実ともに滄海の次期海皇たる玻璃殿下の伴侶。大いにでかい顔をしておけばいいのさ。んん?』
爽やかな碧の瞳をきらめかせ、ふはははと大口を開けて笑うイラリオン兄は、最後にユーリを背骨も折れよとだきしめた。ユーリは真っ赤になって硬直したものだった。
(ああ……帰ってきたのだな)
ロマンの手による懐かしくも香り高いお茶を口に含んで、ようやくユーリはそう思った。
「おいしいよ、ロマン。もうずっと、ロマンの紅茶が飲みたかった。本当にうれしい……」
心の底からそう言ったら、ロマンは首まで真っ赤になった。
「あっ……ありがとうございます。殿下にそうおっしゃっていただけるなんて、本当に光栄です!」
途端に緊張してわたわたする少年を、背後の黒鳶がなんだか涼しくも優しい目で見守っている。この二人の間にも、どうやらなにかしらがあったように見えた。
ともに相伴に預かっている玻璃も、ひどく嬉しそうに見える。瑠璃も、終始非常になごやかな表情でロマンのお茶を楽しんでくれる様子だ。そうしながら、玻璃から内政や外交のことなど、様々に助言を受けているようだ。
玻璃は最初のうちこそ言葉や体の動きに支障をきたしていたけれども、それも数日でほぼもとに戻った。ユーリと同部屋にされてからは、「むしろこれは拷問であろう?」と毎夜のように苦笑しておられる。
ユーリも思いは同じだった。だが、部屋は常にAIと医務官たちによって管理、監視されている状態なので、さすがに口づけと抱擁以上のことをするのは憚られたのだ。
と、 お茶のお代わりを入れてくれながらロマンがにこにこと言った。
「そういえば、ご帰国されてからのユーリ殿下の評判は鰻上なのですって」
「え? どういうこと……?」
ユーリはきょとんと見返した。
「だって、そうではありませんか。宇宙から来たあの者は、殿下が行かなければ地球の人間を全滅させるとまで脅していたのですよ? 今や殿下は、命がけで滄海の皇太子殿下をお救いした、まさに救世主なのです!」
「そ、そんな」
「下々の者たちは、最近では殿下を『救国の麗人』と、口々に褒めそやしているそうです。どうぞ胸を張ってください」
「えええっ!?」
「救国の麗人」?
なんなんだ、そのこっ恥ずかしい渾名は。
「そうそう。それなら私も聞いたぞ」
にこやかに口を挟んだのは瑠璃だ。
「る、瑠璃どの……!」
なんと、この人の耳にも届いているのか。
ユーリはもう、体じゅうが沸騰するような思いになる。
なにが「麗人」だ。しかもそれを、こんなこの世の人ならぬ美貌の人にまで聞かれているなんて!
が、口をぱくぱくさせているユーリの隣で、玻璃は満足そうに笑って頷くばかりだった。
「そうかそうか。これでようやく、皆のユーリへの評価が俺に追いついてきたということだな。重畳、重畳」
「玻璃どのっ……!」
「まあまあ、義兄上。よろしいではありませぬか。皆もようやく、玻璃兄上のお眼鏡の意味と価値に気付き始めたということでしょう。人の価値とは何に依るのかということを、おふたりが身をもってお示しになったということにございます。これ以上のことがございましょうや」
瑠璃がさらりと取りなして、みなの柔らかな笑いが病室に満ちる。
その美貌でにっこりと微笑まれ、その名の通りの深い瑠璃色の瞳に見つめられると、ユーリはぐうの音も出なくなった。真っ赤になって縮こまるしかできない。
いつもはいかつい雰囲気をまとった藍鉄と黒鳶も、部屋の隅で控えながらも穏やかな気を発しているようだった。
そうして、翌日。
二人は晴れて解放され、宮へ戻ることになった。
一般の病棟とは異なる、いわば「皇室御用達」の病室である。もちろん個室が基本なのだったが、ユーリと玻璃は事情が事情であるため二人で同室にしてもらえた。
玻璃とユーリがここから解放されるには、だいたい十日あまりかかるとのことだった。別に健康上問題がある感じはなく、ユーリも玻璃も元気そのものなのだったのだが、決まりは決まりなので仕方がない。
退屈で仕方なかったけれども、その間、瑠璃とロマンは毎日のようにふたりを見舞いに訪れてくれた。それでも初日は完全隔離とされてしまったために、ふたりは透明な窓を挟んで病室の外からこちらを見守るだけだったのだが。
いかつくて全身黒ずくめの男たちを従えてしおたれた二人が窓のところに並んでいるのは、いかにも犬がしょぼくれているのにそっくりだった。玻璃とユーリはついつい目を見合わせて笑ってしまった。
やがて少しずつ直接の面会や差し入れが許されるようになると、ロマンはもう大喜びで、彼の宝物であるサモワールと茶器を持ち込んだ。そうして二人のために、張り切ってアルネリオ式の紅茶を淹れてくれた。
ロマンは瑠璃に同行することが多かったので、お茶の席は玻璃と瑠璃、ユーリとロマン、そしてたまにイラリオン、そこに黒鳶と藍鉄が控えるという顔ぶれになった。
イラリオン兄は、故国でユーリのことをずっと心配している父と長兄のため、ある程度ユーリの健康が確認できたところで帰国していった。彼は持ち前の明るさで、この非常に難しい局面をからくも乗り切り、玻璃をとりもどして帰って来た弟のことを大いに評価してくれていた。
『まことに素晴らしい。なかなかできることではないぞ。俺も鼻高々だ。父上にも兄上にも、またこれまでお前をバカにしてきた宮廷の者どもにも、お前のことは俺が大いに自慢し、吹聴しておくことにするぞっ!』
『い、いえ。そこはどうかお手柔らかに。イラリオン兄上』
『なんのなんの。これからは、そやつらも間違ってもお前の存在を軽視するなどはできまい。これでお前は名実ともに滄海の次期海皇たる玻璃殿下の伴侶。大いにでかい顔をしておけばいいのさ。んん?』
爽やかな碧の瞳をきらめかせ、ふはははと大口を開けて笑うイラリオン兄は、最後にユーリを背骨も折れよとだきしめた。ユーリは真っ赤になって硬直したものだった。
(ああ……帰ってきたのだな)
ロマンの手による懐かしくも香り高いお茶を口に含んで、ようやくユーリはそう思った。
「おいしいよ、ロマン。もうずっと、ロマンの紅茶が飲みたかった。本当にうれしい……」
心の底からそう言ったら、ロマンは首まで真っ赤になった。
「あっ……ありがとうございます。殿下にそうおっしゃっていただけるなんて、本当に光栄です!」
途端に緊張してわたわたする少年を、背後の黒鳶がなんだか涼しくも優しい目で見守っている。この二人の間にも、どうやらなにかしらがあったように見えた。
ともに相伴に預かっている玻璃も、ひどく嬉しそうに見える。瑠璃も、終始非常になごやかな表情でロマンのお茶を楽しんでくれる様子だ。そうしながら、玻璃から内政や外交のことなど、様々に助言を受けているようだ。
玻璃は最初のうちこそ言葉や体の動きに支障をきたしていたけれども、それも数日でほぼもとに戻った。ユーリと同部屋にされてからは、「むしろこれは拷問であろう?」と毎夜のように苦笑しておられる。
ユーリも思いは同じだった。だが、部屋は常にAIと医務官たちによって管理、監視されている状態なので、さすがに口づけと抱擁以上のことをするのは憚られたのだ。
と、 お茶のお代わりを入れてくれながらロマンがにこにこと言った。
「そういえば、ご帰国されてからのユーリ殿下の評判は鰻上なのですって」
「え? どういうこと……?」
ユーリはきょとんと見返した。
「だって、そうではありませんか。宇宙から来たあの者は、殿下が行かなければ地球の人間を全滅させるとまで脅していたのですよ? 今や殿下は、命がけで滄海の皇太子殿下をお救いした、まさに救世主なのです!」
「そ、そんな」
「下々の者たちは、最近では殿下を『救国の麗人』と、口々に褒めそやしているそうです。どうぞ胸を張ってください」
「えええっ!?」
「救国の麗人」?
なんなんだ、そのこっ恥ずかしい渾名は。
「そうそう。それなら私も聞いたぞ」
にこやかに口を挟んだのは瑠璃だ。
「る、瑠璃どの……!」
なんと、この人の耳にも届いているのか。
ユーリはもう、体じゅうが沸騰するような思いになる。
なにが「麗人」だ。しかもそれを、こんなこの世の人ならぬ美貌の人にまで聞かれているなんて!
が、口をぱくぱくさせているユーリの隣で、玻璃は満足そうに笑って頷くばかりだった。
「そうかそうか。これでようやく、皆のユーリへの評価が俺に追いついてきたということだな。重畳、重畳」
「玻璃どのっ……!」
「まあまあ、義兄上。よろしいではありませぬか。皆もようやく、玻璃兄上のお眼鏡の意味と価値に気付き始めたということでしょう。人の価値とは何に依るのかということを、おふたりが身をもってお示しになったということにございます。これ以上のことがございましょうや」
瑠璃がさらりと取りなして、みなの柔らかな笑いが病室に満ちる。
その美貌でにっこりと微笑まれ、その名の通りの深い瑠璃色の瞳に見つめられると、ユーリはぐうの音も出なくなった。真っ赤になって縮こまるしかできない。
いつもはいかつい雰囲気をまとった藍鉄と黒鳶も、部屋の隅で控えながらも穏やかな気を発しているようだった。
そうして、翌日。
二人は晴れて解放され、宮へ戻ることになった。
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