178 / 195
第五章 駆け引き
10 フランの決意
しおりを挟む
ユーリは声を呑んだ。そのぐらい、今のフランの姿は神々しく見えた。
「アジュールパパは、僕がいなかったら本当にひとりぼっちだ。僕、パパをひとりぼっちにしたくない」
「フラン……」
「ねえパパ。パパは、想像してみたことがある?」
「え?」
ユーリが目を瞬くと、少年はやや悲しげな顔で微笑んだ。
「僕ね。実は何度か、この船の中でひとりで迷子になったことがあるの」
「え……」
唐突に思ってもみなかった言葉がきて、ユーリは今度は目を丸くする。
「あ、でも大丈夫だよ? すぐに《サム》やアジュールパパが見つけてくれたし。だから、いま思えばそんなに長い時間じゃなかったんだと思うんだけど……。でもね、そのとき思ったんだ」
そう言って、少年はふと遠くを見るような目になった。
幼児のころ、少年はそうやって自分がどこにいるのか分からなくなってしまったことが何度かあった。このまま誰にも見つけてもらえなかったら、自分はどうなってしまうのだろう。食べるものも飲むものもなくて、ここで誰にも知られないまま干からびて死んでしまうのだろうか。
そんなことをちょっと想像するだけでも、少年はもう身をよじられるような恐ろしい恐怖と孤独に襲われたという。体があまりにも震えて、怖くて怖くて、しばらくは立ち上がることも難しかったのだと。
淡々とそう語る少年の横顔は、とてもその年の子供とは思えないほど大人びて見えた。
「この船には、アジュールパパもユーリパパもいる。玻璃どのだっている。《サム》は優秀なAIなんだから、僕を探せないなんてことは絶対にない。そうだとわかっていても、僕は寂しくて寂しくて、ひとりでわんわん泣いてたんだ。見つけてくれたアジュールパパにぎゅーってしがみついて、何日も離れられなかったこともあるんだよ」
「フラン……」
そんなことは知らなかった。あの男が、何も教えてくれなかったからだ。
「だからね、ユーリパパ。……アジュールパパがたった一人で何十年もこの船に乗ってここへ来たって聞いたとき、思ったんだ。僕は絶対、絶対にアジュールパパをひとりにはしないって」
「…………」
ユーリは遂に絶句した。
なんという優しい子だろう。
アジュールを親として愛しているのは本当だとしても、あの男と宇宙にたった二人になることに不安がないわけではないだろうに。
それに、ひとつ大きな問題もある。
アジュールはいずれ、この子を自分の番としたいと考えているのだろうと思われる。しかしこの子の認識は飽くまでも、まだ「父親」を慕う意味での愛だろう。それとこれとの間には、大きな隔たりがあるはずなのだ。
だが、今ここでそれをこの子に問うべきではないと思った。
すべてはこの子が、あの男と関わる中で自分で答えを見出さなくてはならないことだ。
ユーリは胸の痛みを押し隠して、両手で少年を抱きしめた。すぐに少年も思いきり抱きしめ返してくる。ユーリは優しく彼の頭を撫で、ぽすぽす叩いてあげた。
「強くなったね。考え深くて賢くて……そして優しい。君は本当に偉いと思う。僕は、君の親になれてとても幸せだ。そしてとっても誇らしい」
「ユーリパパ……」
フランが恥ずかしそうに身じろぎをした。
「本当は、僕だってとっても寂しい。君と離れて暮らすなんて、実は寂しくてしょうがない……。僕のほうが、ずっとずっと情けないよね──」
「ユーリ、パパ……」
ユーリの声が涙に滲んだのとほぼ同時に、フランもくしゃっと顔を歪めた。
だが、それは一瞬のことだった。
「僕も寂しい。……本当に。でも、いつでもユーリパパには会えるんだもの。そう約束してくれたでしょ?」
「うん……」
「だから頑張る。アジュールパパとふたりで行くよ」
「うん……。本当に本当に、いつでも帰ってくるんだよ。ちょっとのことでも、すぐに連絡していいんだからね。なんでも相談していいんだからね。絶対だよ……?」
「やだなあ、もう。ユーリパパがそんな、泣かないでよ!」
フランが泣き笑いの顔で声をたてて笑った。その目の端から、綺麗な玉がぽろぽろ零れた。
ユーリもつられて、同じものを零しつづけながら笑った。
そうしてまた、ふたりで思いきり抱きしめあった。
《水槽》の中では玻璃が、そんな二人を静かな瞳で見つめていた。
「アジュールパパは、僕がいなかったら本当にひとりぼっちだ。僕、パパをひとりぼっちにしたくない」
「フラン……」
「ねえパパ。パパは、想像してみたことがある?」
「え?」
ユーリが目を瞬くと、少年はやや悲しげな顔で微笑んだ。
「僕ね。実は何度か、この船の中でひとりで迷子になったことがあるの」
「え……」
唐突に思ってもみなかった言葉がきて、ユーリは今度は目を丸くする。
「あ、でも大丈夫だよ? すぐに《サム》やアジュールパパが見つけてくれたし。だから、いま思えばそんなに長い時間じゃなかったんだと思うんだけど……。でもね、そのとき思ったんだ」
そう言って、少年はふと遠くを見るような目になった。
幼児のころ、少年はそうやって自分がどこにいるのか分からなくなってしまったことが何度かあった。このまま誰にも見つけてもらえなかったら、自分はどうなってしまうのだろう。食べるものも飲むものもなくて、ここで誰にも知られないまま干からびて死んでしまうのだろうか。
そんなことをちょっと想像するだけでも、少年はもう身をよじられるような恐ろしい恐怖と孤独に襲われたという。体があまりにも震えて、怖くて怖くて、しばらくは立ち上がることも難しかったのだと。
淡々とそう語る少年の横顔は、とてもその年の子供とは思えないほど大人びて見えた。
「この船には、アジュールパパもユーリパパもいる。玻璃どのだっている。《サム》は優秀なAIなんだから、僕を探せないなんてことは絶対にない。そうだとわかっていても、僕は寂しくて寂しくて、ひとりでわんわん泣いてたんだ。見つけてくれたアジュールパパにぎゅーってしがみついて、何日も離れられなかったこともあるんだよ」
「フラン……」
そんなことは知らなかった。あの男が、何も教えてくれなかったからだ。
「だからね、ユーリパパ。……アジュールパパがたった一人で何十年もこの船に乗ってここへ来たって聞いたとき、思ったんだ。僕は絶対、絶対にアジュールパパをひとりにはしないって」
「…………」
ユーリは遂に絶句した。
なんという優しい子だろう。
アジュールを親として愛しているのは本当だとしても、あの男と宇宙にたった二人になることに不安がないわけではないだろうに。
それに、ひとつ大きな問題もある。
アジュールはいずれ、この子を自分の番としたいと考えているのだろうと思われる。しかしこの子の認識は飽くまでも、まだ「父親」を慕う意味での愛だろう。それとこれとの間には、大きな隔たりがあるはずなのだ。
だが、今ここでそれをこの子に問うべきではないと思った。
すべてはこの子が、あの男と関わる中で自分で答えを見出さなくてはならないことだ。
ユーリは胸の痛みを押し隠して、両手で少年を抱きしめた。すぐに少年も思いきり抱きしめ返してくる。ユーリは優しく彼の頭を撫で、ぽすぽす叩いてあげた。
「強くなったね。考え深くて賢くて……そして優しい。君は本当に偉いと思う。僕は、君の親になれてとても幸せだ。そしてとっても誇らしい」
「ユーリパパ……」
フランが恥ずかしそうに身じろぎをした。
「本当は、僕だってとっても寂しい。君と離れて暮らすなんて、実は寂しくてしょうがない……。僕のほうが、ずっとずっと情けないよね──」
「ユーリ、パパ……」
ユーリの声が涙に滲んだのとほぼ同時に、フランもくしゃっと顔を歪めた。
だが、それは一瞬のことだった。
「僕も寂しい。……本当に。でも、いつでもユーリパパには会えるんだもの。そう約束してくれたでしょ?」
「うん……」
「だから頑張る。アジュールパパとふたりで行くよ」
「うん……。本当に本当に、いつでも帰ってくるんだよ。ちょっとのことでも、すぐに連絡していいんだからね。なんでも相談していいんだからね。絶対だよ……?」
「やだなあ、もう。ユーリパパがそんな、泣かないでよ!」
フランが泣き笑いの顔で声をたてて笑った。その目の端から、綺麗な玉がぽろぽろ零れた。
ユーリもつられて、同じものを零しつづけながら笑った。
そうしてまた、ふたりで思いきり抱きしめあった。
《水槽》の中では玻璃が、そんな二人を静かな瞳で見つめていた。
0
お気に入りに追加
104
あなたにおすすめの小説

新しい道を歩み始めた貴方へ
mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。
そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。
その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。
あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。
あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?
※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

心からの愛してる
マツユキ
BL
転入生が来た事により一人になってしまった結良。仕事に追われる日々が続く中、ついに体力の限界で倒れてしまう。過労がたたり数日入院している間にリコールされてしまい、あろうことか仕事をしていなかったのは結良だと噂で学園中に広まってしまっていた。
全寮制男子校
嫌われから固定で溺愛目指して頑張ります
※話の内容は全てフィクションになります。現実世界ではありえない設定等ありますのでご了承ください

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!
音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに!
え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!!
調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

僕はお別れしたつもりでした
まと
BL
遠距離恋愛中だった恋人との関係が自然消滅した。どこか心にぽっかりと穴が空いたまま毎日を過ごしていた藍(あい)。大晦日の夜、寂しがり屋の親友と二人で年越しを楽しむことになり、ハメを外して酔いつぶれてしまう。目が覚めたら「ここどこ」状態!!
親友と仲良すぎな主人公と、別れたはずの恋人とのお話。
⚠️趣味で書いておりますので、誤字脱字のご報告や、世界観に対する批判コメントはご遠慮します。そういったコメントにはお返しできませんので宜しくお願いします。
大晦日あたりに出そうと思ったお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる