ルサルカ・プリンツ~人魚皇子は陸(おか)の王子に恋をする~

るなかふぇ

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第五章 駆け引き

4 懊悩

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「それは無理だな」

 男はぴしゃりと言い放った。
 ユーリはぐっと言葉に詰まったが、「いやいや。あの子のためだ」と、あっさりと引き下がりそうになる自分を叱咤した。

「でも……。本当につらそうなんだ。実際、この船は広すぎる。確かに《サム》が安全については監視しているのかも知れない。でも、生まれてきたばかりのあの子が不安になるのも無理はないと思うんだけど」
「やかましい」
「……ええっと。だったら夜の間だけ、あの子がここで休むことを許可してくれない?」
「なんだと?」
 男の氷のような視線が、再びユーリに突き刺さった。
「夜、ときどき怖い夢を見るっていうから。ここで寝具を並べて僕と一緒に寝られたら安心だし、嬉しいみたいなんだ。……もちろん、君と寝たいっていうのが一番みたいだけど──」
「だから! 大きなお世話だと言ってるんだ!」

 男はいきなりユーリの胸倉をつかむと、《水槽》の壁に打ち付けた。背中に衝撃が走り、瞬間的に息ができなくなる。

「うぐっ……」
「貴様、いい加減にしろよ。虜囚の分際で、俺に指図するつもりか?」
 ユーリは掠れそうになる自分の声を必死に叱咤して言い募った。
「そうだね。僕は『虜囚』だ。……でも、今はあの子の親でもある。そして、そうしたのは君自身だ」
 男がギリ、と自分の唇を噛む音がしたような気がした。
「なにが問題なの? アジュール」
 ユーリはまっすぐに、男の瞳を見つめ返した。
「あの子があんなに寂しがって、君と一緒に寝たいって望むのがそんなにいけないこと? あの子はこの大きな宇宙船で、たった一人でいるのが怖いんだよ。君と一緒にいたいんだ。君が大好きだからでしょう? それは、君だって嬉しいことじゃないの?」
「うるさいッ! なにも知らない奴がつべこべ言うな」 
「そりゃ、何も知らないよ」
 ユーリは軽く吐息をついた。
「でもそれは、君が何も教えてくれないからだ。何が問題なのか教えてよ。そうすれば僕だって──」
「やかましい、やかましい、やかましいッ!」

 男は自分の顔を片手で掴み込むようにして吠えたてた。地団駄を踏まんばかりだ。
 そのまま大股に外に出て行きかけたかと見えたが、扉のところでぴたりと止まると、振り向いてユーリを指さし、言い放った。

「……いいか。二度と口を出すな」
 地の底に響くような声。一音一音、刻みつけるようだ。こめかみのあたりにうっすらと血管が浮いて見える。明らかに激怒しているのだ。
「俺とあの子のことは、放っておくんだ。いいな」

 ユーリが絶句しているうちに、男はさっさと踵を返して、扉の向こうに消えてしまった。
 取り残されたユーリは、助けを求めるように玻璃と目を見かわした。玻璃は困ったような微笑を浮かべて、少し首をかしげて見せた。

《なんだろうな。あの男、最初のころに比べると随分と印象が異なってきているようなんだが》
 そうですね、と言いかけたら、玻璃はすぐさま唇の前に指を立てた。
《いまは頭の中だけで話し合おう。《サム》に盗み聞きされるのは剣呑けんのんだ》
《あっ。はい……》
《こちらへ来て、座るといい。悩んで考え込んでいるふりでもするとよかろう》
 
 ユーリは言われた通り、《水槽》のそばに座って両膝を抱え込んだ。玻璃は玻璃で、《水槽》の中でごろりと寝そべり、敢えてこちらから顔をそむける。

《どう思われますか、玻璃どの》
 玻璃の思念が途端にやわらかく笑ったようだった。
《敬語はやめよと申すのに。そなたはどこまでも義理堅いな》
《あっ。……そ、そうでし……だったね》
《よいよい。そういうところも好もしいのだから。少しずつ慣れればよい》

 唐突に甘い言葉がやってきて、とくんと胸が跳ねる。自分の顔がぽうっと赤くなるのを覚えたが、ユーリはさも物思いに耽っているようなていで、腕の中に顔をうずめた。

《そうだな。俺の推測を言ってもいいか?》
《あ、はい。ぜひ》

 思わず顔をあげそうになるのをなんとかこらえる。

《ユーリは以前、あの男からもとの『フラン』の映像を見せられたと言ったな。それはあの少年フランと、瓜二つの顔をしていたと》
《はい》
《子供のころによく似ていたからといって、成長してもそうだとは限らぬが。あの男の様子を見ている限り、彼らは相当よく似ているのだろうと思われる》

 そうかもしれない。いや、恐らくそうなのだろう。

《もとの『フラン』とアジュールはつがいだった。互いが互いの、唯一無二の伴侶だったというわけだ》
《……そうですね》
《あの子はどんどん大きくなってきている。手足が伸びて子供らしさを失う代わり、どんどん大人のもつ色気に近いものを発散し始めている……と、俺には見える。ユーリはそうは思わないか》
《ええ……?》

 それはどういう意味なのだろう。
 玻璃がまた苦笑したようだった。

《鈍いな、俺の配殿下は。そこもまた可愛いが》
《ど、どういうこと……?》
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