159 / 195
第四章 宇宙のゆりかご
6 助け船 ※
しおりを挟む「う……ぐっ」
背中を激しく床に叩きつけられて、息ができなくなる。苦しむユーリに構わずに、男は片手でユーリの両手を床に縫い留め、体にのし掛かってきた。
「随分、楽観的になったもんだな? フランがあんまりうるさいから首輪を外してやっただけだぞ? お前が虜囚であることに変わりはない。あまり調子に乗るなよ」
「…………」
ユーリの喉はヒュ、ヒュと小刻みに音をたてるだけだ。冷たい汗が額に浮かぶのを覚えながら、男を見上げるしかできない。
別に調子になんて乗っていない。虜囚の立場だということも嫌というほど理解している。だが、それでも自分はあなたの性奴隷なわけではないのだ。まして、玻璃どのとの大切な関係を無にしてまで、この男に体を明け渡すはずがない。まして、心は渡さない。
男は今にも口づけができそうなほどに顔を近づけ、ユーリの目を覗きこんできた。
氷のような蒼い瞳だ。
「諦めた方が身のためだと思うがな。その方が楽になるぞ。貴様らの歴史は、どうせそういう理不尽で薄汚いもので塗りこめられているじゃないか」
「…………」
どういうことだ。そう思っただけで、やはり思うように声は出ない。
「土地や利権を奪いあい、男を殺す。女や子供を奪い、凌辱する。虐殺や虐待のこと細かな記録があるわけじゃないようだが、歴史書にちゃんと記さないのは、それが褒められたもんじゃないと自分でも分かっているからだろう。まったく、クソ虫ならクソ虫らしく、堂々と開き直っておけと言うのさ」
「……な、こと……」
やっと少しだけ声を発したが、背中にまた鋭い痛みが走り、ユーリは呻いた。男が首のあたりを腕できつく圧迫している。
「おとなしく言うことを聞いておけ。俺の相手として、フランの親としてな。従順にしていれば、いい思いをさせてやる」
その腕がしゅるりと二股に分かれて変形し、片方が器用にユーリの衣服の袷を開いていく。
「や、……だっ!」
ざあっと血の気が引いた。
力では、絶対にこの男に敵わない。
このままでは、ただここで犯されるだけだ。
男の枝分かれした腕の一部が、ユーリの胸の突起をなぞり、肌を撫でながらするすると下方へおりていく。軽く臍をつつき、さらにその下へ。
「ひっ……!」
ユーリの腰がびくんと跳ねた。
触手のようなものがにゅるりと性器に絡みついて、ゆっくりと扱き上げられ始める。
「いやっ! いやだあっ! やめて……!」
やっとのことで迸った声はかすれきっている。ユーリが必死で首を横に振り、何度か叫んだときだった。
「ぱぱ……?」
入り口のほうから、小さな可愛い声がした。
男はぎょっとした顔になり、ぱっとユーリの体から飛びのいた。すさまじい速さだった。背中はまだ痛んだが、ユーリはやっとのことで上体を少し起こした。
フランだった。
コントロールルームの扉のところで、掛け布を引きずってこちらを見ている。涙がいっぱいに溜まった赤い目だ。指を吸ってこそいないけれども、片手を口元にやって小さく丸めている。
「……ど、どうしたの……フラン」
ユーリははだけた衣服の前を急いで掻き合わせ、どうにかこうにか声と表情を取り繕った。できるだけ柔らかく微笑んで見せると、少年はまだ戸惑っているものの、ようやくほっとしたような目になって、掛け布をぽとりと足もとに落とした。
「ユーリパパぁ……」
そのままとことことこちらにやってくる。次第に足が速くなり、しまいには駆け足になった。
両手を広げてまっすぐユーリのところにやってくると、フランは膝に乗り上がって首にしがみついてきた。ぐすぐす泣きながら途切れ途切れに訴えるのを辛抱強く聞いてみると、どうやら何かとても怖い夢を見たらしかった。
「そう。ひとりで怖かったんだね。起きたら僕がいなかったから、心細かったよね。ごめんね……?」
フランは無言のまま、ますます凄い力でユーリに抱きついてくる。丸まった小さな背中を撫でてやると、少年の首と髪から子供特有の汗のにおいがした。生きた子供の体温と存在感がユーリの心をまろやかにする。それがまるで、こちらの勇気まで鼓舞してくれているような気がした。
体の痛みが少しずつおさまってくるにつれ、次第に心も落ち着いてきて、ユーリはフランを抱き上げた。こつんと額をくっつけて囁いてやる。
「じゃあ、ベッドに戻ろう。ちゃんと眠らないと大きくなれないし、病気にもなりやすくなっちゃうからね。フランが熱を出したりしたら、僕、悲しいし、とても心配なんだ」
「……うん」
「今度は僕も、ずっと一緒にいてあげるから。ね?」
フランが胸元でこくんと頷く。ユーリにしがみつく手にさらに力がこもった。
ユーリはそっと男を見た。人外の男はなんとも形容のしにくい目をしたまま、黙って一連のことを見つめていた。
「その……あまり、子供の前で見せられないようなことは……控えてくださると嬉しいです」
男は無言のまま、きゅっと目を細めた。完全な仏頂面である。機嫌は決して良くないようだ。だが、この子の前でユーリにつらく当たることだけはどうあってもしたくないのだろう。眉間に皺をきざんだまま、渋々ひとつ頷き返してきた。
素直とはとても言い難い。だが、ひとまずユーリも胸をなでおろして、なるべく優しい声を出すように努めながら言った。
「では、おやすみなさい。……フランも、ほら。アジュールパパにもう一回、おやすみなさいを言おうね?」
「……うん。おやすみなさい、アジュールパパ」
そっと男に近づいて、少年が男の頬に可愛らしい音をたててキスをするのを助けてやる。男は少年にだけは決して殺意を向けないが、今回ばかりは安易に表情を緩めるわけにもいかないのだろう。相当複雑な顔をして、幼児から今夜二度目のおやすみなさいの挨拶を受けた。
「……さあ。行こうか」
ユーリはフランの体をゆすりあげて抱え直すと、男を残して静かに部屋を出た。
複雑な意味を含んだ男の視線が、背中にぴりぴりと突き刺さってくるのを感じながら。
0
お気に入りに追加
104
あなたにおすすめの小説

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

心からの愛してる
マツユキ
BL
転入生が来た事により一人になってしまった結良。仕事に追われる日々が続く中、ついに体力の限界で倒れてしまう。過労がたたり数日入院している間にリコールされてしまい、あろうことか仕事をしていなかったのは結良だと噂で学園中に広まってしまっていた。
全寮制男子校
嫌われから固定で溺愛目指して頑張ります
※話の内容は全てフィクションになります。現実世界ではありえない設定等ありますのでご了承ください
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

僕はお別れしたつもりでした
まと
BL
遠距離恋愛中だった恋人との関係が自然消滅した。どこか心にぽっかりと穴が空いたまま毎日を過ごしていた藍(あい)。大晦日の夜、寂しがり屋の親友と二人で年越しを楽しむことになり、ハメを外して酔いつぶれてしまう。目が覚めたら「ここどこ」状態!!
親友と仲良すぎな主人公と、別れたはずの恋人とのお話。
⚠️趣味で書いておりますので、誤字脱字のご報告や、世界観に対する批判コメントはご遠慮します。そういったコメントにはお返しできませんので宜しくお願いします。
大晦日あたりに出そうと思ったお話です。
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる