ルサルカ・プリンツ~人魚皇子は陸(おか)の王子に恋をする~

るなかふぇ

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第四章 宇宙のゆりかご

1 幼子フラン

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 幼子フランは、見る間に成長していった。第一世代の成長の速さは教えられていたけれど、それでも実際に目にすると驚かずにはいられなかった。
 ところで、フランの成長を目のあたりにする中で、実は思いもかけなかった効用があった。ユーリの首輪の件である。
 二歳ほどの見た目になった頃、フランは突然、ユーリの首輪に強い興味を示した。そのとき彼は、ユーリの首にはついていて自分の首にはないものの存在をはっきりと認知したらしいのだ。
 
「あじゅぱっぱ。ぼくも、するう。ゆーぱっぱの、するう」

 そう言って、幼子は自分にもユーリと同じ首輪をさせろと言って聞かなくなってしまったのだ。アジュールが何度「ダメだ」と言っても、あれこれなだめすかしても、ほかへ興味を向けさせようとしても無駄だった。アジュールは困り果て、しばらく頭を抱えて思案する様子だった。
 だが結局、男はかなり迷った末、遂にユーリから首輪を外したのである。ほとんどむしり取るに近かった。
 驚くべきことだった。ユーリも玻璃も「まさかそこまではすまい」と思っていたので心底驚き、しばらくは呆気にとられた。
 男はひどい渋面で、ユーリの首輪をゴミか何かのようにそこいらに放り投げた。

「そら。これでいいだろう。これで何もかもお前と同じだ。もうわがままを言うんじゃないぞ」

 フランに言い聞かせている男の姿は、人間の若い父親そのものだった。
 当のフランはと言えば、少しの間「そういうことじゃないのになあ」と言わんばかりの微妙な顔をしていた。が、これはこれで気に入ったのか、にこにこしながらユーリの膝のあたりにとりつくと、「ゆーぱっぱ、いっしょ!」と何度も繰り返していた。
 そんな子供を見て、男の渋面はさらにひどくなった。
 ユーリはなぜか、胸がひどく締め付けられるような思いを味わっていた。

(いったい、何を考えているんだろう……この人は)

 恐らくは相当面白半分に、ユーリから精液を搾り取って子供をつくり。どうせ最初は、その子を自分たちの目の前で適当にいたぶって拷問代わりにでもしようと思っていたぐらいのことだろうに。いや、想像するだにぞっとするけれど。
 しかし幼子は、アジュールやユーリたちの予想を大いに裏切った。あまりにも「元のフラン」に似ていたことで、命を救われることになったのだ。そればかりではない。アジュールは明らかにこの子のことが気に入っていた。

 残虐な方法でいじめるどころか、男はいまや日々甲斐がいしくこの子の世話を焼き、目に入れても痛くないほどに可愛がっている。ユーリたちの前では極力控えているようだったが、そんなのは黙っていたって一目瞭然のことだった。
 なによりフランが、この男にひどく懐いていた。いつも心から嬉しそうに「あじゅぱっぱ、ねんねしゅるの。ぼく、いっちょ!」なんて教えてくれる。
 要するに、彼らは毎日、同じ寝床で休んでいるのだ!
 それが何よりの証拠だった。

(なんて、皮肉な──)

 その皮肉。その矛盾。
 その滑稽さを誰よりも分かっているのは、他ならぬあの男なのだろうに。
 もちろんその後、アジュールはフランが眠っている間にこっそりとやってきて、しっかり釘を刺していった。

「妙な真似をするんじゃないぞ。俺と《サム》の監視機構に穴はない。あの子を少しでも傷つけたり、変なはかりごとをしたりすれば、長髪ゴリラの命はないからな。よく覚えておけよ」
「当たり前だよ! あの子は、その……僕の子でもあるんだから。傷つけるなんて、とんでもない!」

 ユーリは憤然として、ほとんど反射的にそう言った。言ってしまってからすぐ、背後にいる玻璃の発するが微妙なものに変わったことに気づいたけれども、もう後の祭りだった。

「す、すみません、玻璃どの。つい……」

 アジュールが冷ややかな笑みを残して去ったあと、ユーリは玻璃に何度も言った。だが、玻璃はゆったりと優しく微笑んで頷いただけだった。

《気にするな。過程はどうあれ、あれは真実、そなたの子でもあるのだから。愛おしいと思うのは、親として自然なこと。むしろ、そう思ってやらねばあまりにも哀れであろう。なにより、あの子自身に何の罪があるものか》
「そ、それはそう……なのですが」
《それに俺は、ちょっと嬉しい。そなたとあの子を見ていると、『俺たちの子が生まれてきたなら、きっとこんな風であったろう』と、そんな思いにもなれるしな。なにか幸せな心持ちになる。まことだぞ?》
「玻璃どの……」

 なんというお心のひろやかさ、お優しさなのだろう。普通の男であったなら、恐らくこうはいかないはずだ。嫉妬にまみれ、腹を立てて、もっとずっと酷い言葉でユーリをなじっていたっておかしくはないのに。
 思わず泣き出しそうな目になったユーリを無意識に撫でようとしてくれたのか、玻璃が手をあげ、いつものように無情な《水槽》の壁に気付いて手をおろした。少し寂しげに笑っておられる。

《不甲斐のないことだ。こんなものの中にいるばかりで、そなたに何もしてやれぬ……。許せよ、ユーリ》
「いいえ……。玻璃どの」

 互いに同じ場所に額をつけて、互いの気持ちを確認する。
 だが、いつまでもこうしていられないことは明らかだった。許されるなら、ずっとあの子の側にいてやりたい。だが恐らくそれは許されないのだろう。そのとき、あの子がどんなに悲しむのかを思うと、それだけで泣けてきそうになる。

《だが。ひとつだけ、承服しかねることがある。……ちょっとわがままを言ってもいいか? ユーリ》
「え?」

 びっくりして筐体の表面から額を離し、玻璃を見ると、彼はいつになく不満げな顔で腕組みをし、ひたとユーリを見つめていた。
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