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第三章 宇宙の涯(はて)で
11 拷問 ※※
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そうしてついに、それは起こった。
フランと供にいた男たちが、力づくで寄ってたかってあのフランを犯したのだ。
ユーリは話がそこまでくると、もう完全に真っ青になって震えていた。
「ま、まさか。そんな、こと──」
いくらなんでも、自分の育ての親である人を。
そう思ったが、アジュールの巌のような表情は動かなかった。
「こんな所で嘘を言っても始まらん。事実は事実だ。最初のうち、あいつは黙っていたけどな」
そうだった。
アジュールの目には触れない場所でその「事件」が起こった時、フランは彼に助けを求めなかった。実は彼らは、脳内で互いを呼び合うことができる機能を付与されている。どちらかが意図的にその回線を閉じない限り、かなり遠く離れていても互いの心の声が聞こえるのだ。
自分が生み出した子供たちに襲われながらも、フランはアジュールを呼ばなかった。理由は簡単である。アジュールが怒りに任せて、彼らを殺すことを恐れたのだ。
だから兄の目を盗むように宇宙船へ戻ってくると、彼は汚れて破れた衣服を密かに処分し、「少し体調が悪いから」と、《水槽》に入って数日間、だれにも会わずに休養を取った。《水槽》は彼らにとって、母親の子宮のようなものであると同時に体をメンテナンスする機能を持っているからだ。
だが、事態はすぐに露見した。
その後すぐ、フランが子供を生んだのだ。
「それで……? 君はどうしたの」
ユーリ自身、本当は恐ろしくて恐ろしくて、その先を訊ねたくないぐらいだった。けれど、聞かないわけにもいかなかった。この長い話をするうちに、腕の中の幼子フランはすやすやと本格的に寝入っている。こうやって深く眠るごとに、この子はすっくりと大きくなるのだ。
男はのろのろと目を上げた。そこに人間らしい光は灯っていない。
「聞く必要があるのか? わかりきったことだろう」
「え……」
「全員殺した。フランを犯した野郎どもは一人のこらず、コマ切れ肉にしてやったさ」
まるで小さな羽虫でも殺したような、ぞんざいな言い草だった。
玻璃が刺すような視線でアジュールを見つめている。
場には再び、重苦しい沈黙がおりた。
「フランはその後、すぐに子供を生んだ。ひとりだけな。俺とフランの子なら、決まって男女一対で生まれてくる。そうでない場合、理由はひとつだ。男どものうちの誰かが、あいつを無理やりに犯してできた子供だということさ」
アジュールは煮えたぎる怒りを抑え、フランに事情の説明を求めた。だが、フランは泣くだけで何も答えなかった。
必死で助命を願うフランの手から赤ん坊を奪い取ると、アジュールは《サム》にその父親の特定を命じた。要するに、遺伝子の成り立ちから父親を割り出させたわけだ。《サム》にかかれば、そんなものは限りなく百パーセントに近い確率でわかってしまう。
「父親」はすぐに分かった。
恐怖で吠え声をあげるそいつをみんなの中から引きずり出し、アジュールは船の奥に青年たちだけを集めて、その目の前でその男を拷問した。
肉と爪の間に針状にした自分の指を刺し入れる。
爪を剥ぎ、皮膚を剥ぎ、歯を抜いて目を潰す。その後はゆっくりと指先やつま先、鼻や耳といった外側から、少しずつ体を削り取った。
拷問としては、そこまでする必要もなかった。そこに至るずっと手前で、男は自分のやったことと共犯者どもの名前をべらべら喋ったからである。
なんと彼らは、兄弟の中でその後生まれていた中から、最も小さな少年を連れていっていた。人間の年で言えば、まだ幼児といっていい少年だった。そして、「大人しくいうことを聞かなければその子を殺す、あるいはいたぶる」とフランを脅していたのである。
普通であれば一人でも容易く逃げられたはずのフランが逃げられなかったのには、そういう理由があったわけだ。
『許してください、アジュールパパ』
『俺たちは、ひどい過ちを犯しました。反省しています』
『二度とこんなことはしません。だから』
『お願いです。どうか、お願いですから──』
男たちは口々にそう言い、滂沱の涙を流してアジュールの前にひれ伏し、必死に許しを乞うた。
しかし、アジュールは許さなかった。薄汚い共犯者どものすべてを一人残らず拘束し、同じように残虐極まる拷問の限りを尽くした。そのまま数十日をかけ、彼らが悲鳴と苦痛と血潮と臭い体液のなかで絶命するまでいたぶり続けた。
フランはもちろん、ずっと泣きながら彼らのために命乞いをしていた。腕に先日生まれたばかりの「不貞の子」を抱いたまま。
『許して。お願い。僕でいいならなんでもする』
『なんでもするから、どうかみんなの命だけは助けてやって』
『みんな、僕らの子供たちだ。子供たちなんだよ?』
『こんなことは間違ってる。僕らの使命にだって反するはずだ。絶対に間違ってるよ……!』
『どうかお願いだ。お願いだから、アジュール! お願い、お願い、お願いいいいいっ……!』
もちろん、アジュールの拷問は止まらなかった。フランが何を言おうが泣き叫ぼうが、いっさいを無視してやるべきことを淡々と続行させた。
やがてすべての男を惨殺し尽くしたあと、一番最後に、アジュールはフランが必死で抱きしめていたその赤ん坊を無理やりに取り上げた。
そして、彼の目の前で微塵に刻んだ。
『やめて、アジュール! 許して、お願い……いやだ、お願い! いやああああ────っ!』
宇宙の涯の小さな惑星に、弟の絶望の叫びが轟いた。
──そうして。
そこから、フランは壊れたのだ。
フランと供にいた男たちが、力づくで寄ってたかってあのフランを犯したのだ。
ユーリは話がそこまでくると、もう完全に真っ青になって震えていた。
「ま、まさか。そんな、こと──」
いくらなんでも、自分の育ての親である人を。
そう思ったが、アジュールの巌のような表情は動かなかった。
「こんな所で嘘を言っても始まらん。事実は事実だ。最初のうち、あいつは黙っていたけどな」
そうだった。
アジュールの目には触れない場所でその「事件」が起こった時、フランは彼に助けを求めなかった。実は彼らは、脳内で互いを呼び合うことができる機能を付与されている。どちらかが意図的にその回線を閉じない限り、かなり遠く離れていても互いの心の声が聞こえるのだ。
自分が生み出した子供たちに襲われながらも、フランはアジュールを呼ばなかった。理由は簡単である。アジュールが怒りに任せて、彼らを殺すことを恐れたのだ。
だから兄の目を盗むように宇宙船へ戻ってくると、彼は汚れて破れた衣服を密かに処分し、「少し体調が悪いから」と、《水槽》に入って数日間、だれにも会わずに休養を取った。《水槽》は彼らにとって、母親の子宮のようなものであると同時に体をメンテナンスする機能を持っているからだ。
だが、事態はすぐに露見した。
その後すぐ、フランが子供を生んだのだ。
「それで……? 君はどうしたの」
ユーリ自身、本当は恐ろしくて恐ろしくて、その先を訊ねたくないぐらいだった。けれど、聞かないわけにもいかなかった。この長い話をするうちに、腕の中の幼子フランはすやすやと本格的に寝入っている。こうやって深く眠るごとに、この子はすっくりと大きくなるのだ。
男はのろのろと目を上げた。そこに人間らしい光は灯っていない。
「聞く必要があるのか? わかりきったことだろう」
「え……」
「全員殺した。フランを犯した野郎どもは一人のこらず、コマ切れ肉にしてやったさ」
まるで小さな羽虫でも殺したような、ぞんざいな言い草だった。
玻璃が刺すような視線でアジュールを見つめている。
場には再び、重苦しい沈黙がおりた。
「フランはその後、すぐに子供を生んだ。ひとりだけな。俺とフランの子なら、決まって男女一対で生まれてくる。そうでない場合、理由はひとつだ。男どものうちの誰かが、あいつを無理やりに犯してできた子供だということさ」
アジュールは煮えたぎる怒りを抑え、フランに事情の説明を求めた。だが、フランは泣くだけで何も答えなかった。
必死で助命を願うフランの手から赤ん坊を奪い取ると、アジュールは《サム》にその父親の特定を命じた。要するに、遺伝子の成り立ちから父親を割り出させたわけだ。《サム》にかかれば、そんなものは限りなく百パーセントに近い確率でわかってしまう。
「父親」はすぐに分かった。
恐怖で吠え声をあげるそいつをみんなの中から引きずり出し、アジュールは船の奥に青年たちだけを集めて、その目の前でその男を拷問した。
肉と爪の間に針状にした自分の指を刺し入れる。
爪を剥ぎ、皮膚を剥ぎ、歯を抜いて目を潰す。その後はゆっくりと指先やつま先、鼻や耳といった外側から、少しずつ体を削り取った。
拷問としては、そこまでする必要もなかった。そこに至るずっと手前で、男は自分のやったことと共犯者どもの名前をべらべら喋ったからである。
なんと彼らは、兄弟の中でその後生まれていた中から、最も小さな少年を連れていっていた。人間の年で言えば、まだ幼児といっていい少年だった。そして、「大人しくいうことを聞かなければその子を殺す、あるいはいたぶる」とフランを脅していたのである。
普通であれば一人でも容易く逃げられたはずのフランが逃げられなかったのには、そういう理由があったわけだ。
『許してください、アジュールパパ』
『俺たちは、ひどい過ちを犯しました。反省しています』
『二度とこんなことはしません。だから』
『お願いです。どうか、お願いですから──』
男たちは口々にそう言い、滂沱の涙を流してアジュールの前にひれ伏し、必死に許しを乞うた。
しかし、アジュールは許さなかった。薄汚い共犯者どものすべてを一人残らず拘束し、同じように残虐極まる拷問の限りを尽くした。そのまま数十日をかけ、彼らが悲鳴と苦痛と血潮と臭い体液のなかで絶命するまでいたぶり続けた。
フランはもちろん、ずっと泣きながら彼らのために命乞いをしていた。腕に先日生まれたばかりの「不貞の子」を抱いたまま。
『許して。お願い。僕でいいならなんでもする』
『なんでもするから、どうかみんなの命だけは助けてやって』
『みんな、僕らの子供たちだ。子供たちなんだよ?』
『こんなことは間違ってる。僕らの使命にだって反するはずだ。絶対に間違ってるよ……!』
『どうかお願いだ。お願いだから、アジュール! お願い、お願い、お願いいいいいっ……!』
もちろん、アジュールの拷問は止まらなかった。フランが何を言おうが泣き叫ぼうが、いっさいを無視してやるべきことを淡々と続行させた。
やがてすべての男を惨殺し尽くしたあと、一番最後に、アジュールはフランが必死で抱きしめていたその赤ん坊を無理やりに取り上げた。
そして、彼の目の前で微塵に刻んだ。
『やめて、アジュール! 許して、お願い……いやだ、お願い! いやああああ────っ!』
宇宙の涯の小さな惑星に、弟の絶望の叫びが轟いた。
──そうして。
そこから、フランは壊れたのだ。
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