145 / 195
第三章 宇宙の涯(はて)で
8 不完全さの代償
しおりを挟む(なんて、ことを──)
ユーリは唇を密かに噛んだ。
ついでながら、「アジュールとフラン」はひとつの船にたった一対しかいないわけではないそうだ。初代の「人形」が何かのことで損壊すれば、また次の世代が培養されて生み出される仕組みだという。
この船でそれが起こらなかったのは、片割れであるアジュールがまだ存命だったことと、見つけたはずの惑星から船が離れたからである。
「だがもちろん、そんないい加減な方法で、人類が生きられる惑星なんてそうそう見つかるわけがない。だからこれは、相当やけくそな計画だったのさ。いずれは滅ぶクソ虫どもの、クソみたいな命の延命を図るためのな」
吐き捨てるように言うアジュールの目は、今や深い怒りや恨みによるものらしい青い炎でじりじりと燃え立っている。
と、不穏な気分を察知したのか、彼の腕の中で眠っていたフランがぐずりはじめた。
「ふえ、あ……うぐう」
「あ。見るよ、僕」
「ああ。すまん」
ユーリが自然に手を伸ばすと、男も素直にフランを渡してきた。玻璃がやや微妙な顔になったようだったが、こぽりと溜め息の泡を吐き出したのみで、別に何も言わなかった。
ユーリが腕に抱き、「よおし、よし。もう少し寝ようね~?」と優しく声を掛け、少し揺すってやるだけで、ベビーフランはまた大人しく眠り始めた。
と、珍しく玻璃が男に語り掛けた。
《訊いてもよろしいか、アジュール殿》
以前はもっと荒々しい口調だったと思うけれど、今はそれが、なぜかかなり改まっている。玻璃は相手が頷いたのを確認してから言葉を継いだ。
《人類が住むのに都合のいい惑星が見つかったら、そなたらが生み出されるということだったが。ではなぜ、そなたはこの船でここへ戻ったのだ。その惑星に何か問題が? そなたの番たるフラン殿と、ほかの人間たちはどうなった》
「…………」
恐らくそれは、問題の核心に斬り込む質問だったろう。
男の眉間が険しくひそめられ、長い沈黙がそれに答えた。
かなり長いこと返事を待って、玻璃は落ち着いた声音でまた言った。
《ちょうどよい惑星が見つかったからこそ、そなたたちが生まれたのでは?》
「その通りだ。惑星は見つかった。……一応はな」
《と申されると?》
男は暗い表情のまま、一度大きく息を吐きだし、その場に座り込んだ。この部屋には椅子らしいものがない。男は片膝を立てる姿勢で片腕をそこに乗せ、ユーリと玻璃をじっと見据えた。
「《サム》は優秀なAIだ。だが、見落としもある。なぜならそれも、お前ら人間が造ったものだからだ」
ユーリは玻璃とまた目を見かわした。
「不完全な者には、不完全なものしか造れん。それは道理だ。だから俺たち自身だって、それはそれは『不完全』なシロモノだ。お前らクソ虫どもと同じでな」
「…………」
なんと答えればよいかわからず、ユーリは困った顔で沈黙するしかなかった。
「だが初期デザインの段階では、それもいわば『必要悪』ということだったらしいな。俺やフランは生まれて来た人間どもの教育係としての役目もあった。人間の感情や意識を理解できない者では、その役目を果たすことが不可能だと考えられたからだろう」
AIというのは、人間が集め得た膨大なデータと、人間がその時点までで知り得た数学的な知識をもとに造られている。どんなに万能に見えたとしても、それはやはり機械に過ぎない。不完全な人間がその時に到達できた学問的な高みには達することができても、そもそもデータにないことまで予測することは不可能だ。
その惑星に起こったのは、まさにそんなことだった。
《サム》は当時、その惑星を恒星からの距離や自転周期、空気の組成等々、多くの面で「理想的」だと判断していた。そして計画どおり、船内でアジュールとフランのもとになるものを解凍させ、この《水槽》で培養して幼児の姿になるまで育てた。
《水槽》を出たアジュールとフランは《サム》から様々な教育を受け、しばらくはたった二人で育っていった。とはいえ第一世代の子供と同じように、成長は非常に急速なものだったようだ。
二人は大変仲睦まじく暮らしていた。たまに意見の衝突がなかったわけではないけれども、基本的には非常に仲のいい「兄弟」だったとアジュールは考えているらしい。
「やがて《サム》が教えた通り、俺たちは体をつなげて第一世代を生み出した。忌々しいほどに素直に、なんの疑いも持たずに、な──」
そう語ったアジュールの声は、この世のものとも思えぬほどに暗くて冷たいものだった。
そうして遂に、彼の昔語りが始まったのだ。
0
お気に入りに追加
104
あなたにおすすめの小説

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

嫌われ者の長男
りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....

心からの愛してる
マツユキ
BL
転入生が来た事により一人になってしまった結良。仕事に追われる日々が続く中、ついに体力の限界で倒れてしまう。過労がたたり数日入院している間にリコールされてしまい、あろうことか仕事をしていなかったのは結良だと噂で学園中に広まってしまっていた。
全寮制男子校
嫌われから固定で溺愛目指して頑張ります
※話の内容は全てフィクションになります。現実世界ではありえない設定等ありますのでご了承ください

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!
音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに!
え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!!
調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

僕はお別れしたつもりでした
まと
BL
遠距離恋愛中だった恋人との関係が自然消滅した。どこか心にぽっかりと穴が空いたまま毎日を過ごしていた藍(あい)。大晦日の夜、寂しがり屋の親友と二人で年越しを楽しむことになり、ハメを外して酔いつぶれてしまう。目が覚めたら「ここどこ」状態!!
親友と仲良すぎな主人公と、別れたはずの恋人とのお話。
⚠️趣味で書いておりますので、誤字脱字のご報告や、世界観に対する批判コメントはご遠慮します。そういったコメントにはお返しできませんので宜しくお願いします。
大晦日あたりに出そうと思ったお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる