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第三章 宇宙の涯(はて)で
2 暗転 ※
しおりを挟む「うわっ……!」
ぐらりと体が傾いてバランスを失う。
気が付けば、ユーリの体は男の両腕に抱きすくめられていた。
そのままぐいと顎を持ち上げられ、次の瞬間にはもう、ユーリの唇は男のそれで塞がれていた。
「んうっ……!? むぐぐっ!」
ほんの一瞬、何が起こったか分からずに凍りつく。だが、男の舌が自分のそれに絡められてくるに及んで、ユーリは慌ててじたばたもがいた。だが、男の膂力は凄まじい。片腕だけでユーリの体の動きを封じ、もう片方の手で舌を噛まれぬように顎を両側から圧迫している。どう考えても人間の力ではなかった。
ユーリだって一応は大の大人の男なのだ。それなのに、これほど思いきり暴れているつもりでも、少しも腕の力が緩まない。
それどころか、ユーリの体を封じているほうの腕はいつのまにか変形して、長く大きく伸びている。ぐるぐると足や腰に巻き付いて、もはや万力で締め付けられているような状態だ。
男の舌はねろり、くちゅりと存分にユーリの舌を味わい、口蓋の裏側、歯列の裏をなぞって存分に動き回り、蹂躙した。まったくの好き放題だ。
「ん、んんっ……んぐ、や、やああっ!」
ユーリはもう必死で男の顔を押し戻した。と、ほんの一瞬だけ男の鋼のような腕の力が緩んだ。ユーリはすかさず飛び退いた。辛うじて相手を激しく突き飛ばすことだけは堪えたけれども。
その拍子に盛大に水に尻もちをついてびしょぬれになったが、それにも構わず男を睨みつけ、手の甲でぐいぐい唇を拭った。
「なっ……なな、なにを──!」
「それは俺のセリフだな。既婚者が今さら何を言っている。他にも色々、とっくに経験済みじゃないのか」
いや、経験のあるなしの問題ではない。
むしろ既婚者だからこそ問題なのだろうに!
が、そう言い返すほどの度胸なんて当然ない。一人で水に尻もちをついたまま口をぱくぱくさせていたら、男は盛大に吹き出した。
「ふっはは! 面白い顔だな」
「な……なな──」
「そういうのを、ワダツミでは『鳩が豆鉄砲を食らったような』と喩えるらしいが。まさにそんな感じだな。愉快なやつ」
「あ、あのですね……っ」
愉快だって? ふざけるな。
ふるふると肩を震わせて睨みつけるが、男は当然、カエルが水を掛けられた程にも動じていなかった。
「──だが」
むしろ、その逆だった。
男の瞳の奥に、氷のような冷たい炎が宿ったのがわかったのだ。
「拒否するのか? そんな権利が、今のお前にあるとでも?」
うぐ、とユーリの呼吸が止まった。
いや、ない。
玻璃の命や地球にいる皆の命を盾に取られれば、ユーリが拒否する選択肢などひとつも残ってはいなかった。
カタカタと震えだし、恐るおそる見上げると、男は薄い唇をにいっと横に引き伸ばした。せせら笑ったのだ。
「わかったんなら、あまり手を掛けさせるな」
「…………」
ユーリは袷になった衣服の前を両手で掻き合わせ、ふるふると首を横に振った。
男の瞳がさらに剣呑になる。
「ま、いいさ。どうせ、ここでやったって面白くはないからな」
「え……、ぐっ!」
恐るべき台詞が落ちてきて、ぞっとする暇もなかった。男はユーリの鳩尾あたりにすさまじい一撃を食らわせていた。あっというまに視界が暗転し、ユーリの意識は遠のいた。
◆
はっと目を開けたときには、もとの《水槽》の部屋に戻っていた。《水槽》の中から玻璃が非常に心配そうな目でこちらを見ているのと目が合って、ユーリは慌てて身を起こそうした。
が、うまくいかなかった。両腕が背後に回って戒められているのだ。少し身を起こしたものの、ぽてんと寝具の上に転がってしまう。いつも自分が使っている寝具だった。
「やっと起きたな。じゃ、始めるか」
「え──」
冷ややかな声が降ってきて身が竦んだ。ふりむけば、アジュールが面倒くさそうな目をして床に胡坐をかき、肘をついた姿勢でこちらを見ていた。この状態でユーリを間にはさみ、ずっと玻璃とにらみ合っていたらしい。
《貴様、ユーリに何をするつもりだ。不埒な真似をすると許さんぞ》
「はあ? 何度も言わせるなよ、長髪ゴリラ」
男は相変わらず、殺気を沈めたような目で玻璃を刺すように見ただけだった。
「そんなところで飼われているだけのゴリラに、一体なにができるというんだ。見てわからんのか? こいつとちょっと遊んでやろうというのさ」
《おのれッ……!》
玻璃から怒気が放散される。が、男は意にも介さなかった。
「ま、そこで好き放題吠えていろ。指でも咥えて、黙って見ていればいいのさ」
「や……、やだっ!」
男がにやにや笑いながらユーリの衣服の前をはだけるに及んで、完全に血の気が引いた。ちゃんと穿いていたはずの下着がない。上腕にかろうじて衣服が引っかかっている以外、今やユーリはほぼ全裸の状態だった。
男はユーリの背後に回ると、玻璃に見せつけるようにしてユーリの両足を開いて見せた。
「や……、やだ……」
ユーリはがたがた震えだした。
今から何が始まるのか。
そんなもの、わざわざ説明されるまでもないことだった。
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