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第二章 囚われの王子
7 首輪
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黙りこんだユーリを横目に見ながら、男は筒の表面を指の甲で叩いて見せた。だだっ広い空間に、硬質な音がこつこつといやにこだまして聞こえた。
「『こいつが何をしたか』と言われれば、確かに『何もしていない』と答えよう。ちょっと反抗的ではあるがな」
「…………」
「だが『お前ら人間が何をしたか』という話なら、その長い歴史の中で、犯した罪も作った瑕疵も非常に大きい。ときには救いがたい判断ミスさえし、そこからまるで学ばずに、さらにそれを繰り返す。それがお前ら人間だ。貴様だって、間違いなく同じ業を背負っている。その過去を知っていようが、いまいがな」
「か、過去……ですか?」
「そうだ」
男はぴしゃりと言い放った。
そこからまた、長い長い沈黙があった。ユーリの背中をつうっと冷たい汗がすべり落ちていく。
「……あの。どういうことなのでしょうか。過去とは? 私たちの歴史の瑕疵とは。過去の人間たちが、あなたにいったい何をしたと──」
男は薄青い瞳の温度をさらに下げたように見えた。まさに氷の刃のような視線だ。それがじろりとユーリを睨み下ろす。
「貴様らは、命を軽んじすぎるのさ。自分たち以外の命を、な」
まるで吐き捨てるようだった。男は砂を飲み下したような顔をついとそむけた。
「えっ……?」
ユーリは目を瞬かせた。男の冷たい目の奥に、なんとも形容のしにくい何かが潜んでいることは、彼にもなんとなく分かる気がした。その正体がなんであるかまでは、当然わからなかったけれど。
「あの、すみません。ちゃんと説明して欲しいのですが。それはどういう──」
──がちゃり。
「えっ?」
唐突に首に違和感を覚えて、ユーリは軽く飛び上がった。
いつのまに手にしていたのか、男はユーリの首に太い首輪を嵌めていた。
なんでできているのかはわからない。握ってみると非常に硬い材質のようだ。そこにまた、非常に丈夫なつるりとしたロープみたいなものがつながっている。こちらは金属製らしい。それがずうっと部屋の隅へと伸びている。そこにいくつかの扉があったが、ロープはその脇に固定されているようだった。
ユーリが必死で引っ張ってみても、首輪もロープもぎちぎちと不快な音をたてるだけでびくともしない。何が起こったかが次第にわかってきて、全身が震え始めた。
「なっ……なにを──」
「ワイヤーの長さは十分あるさ。そら、ここで用を足せる。隣に電子シャワーなんかもあるぞ。水や食事はここから出る」
男は慌てているユーリのことなんぞまるで無視して、淡々と壁際のパネルや扉の開閉ボタン、中の設備の使用方法を説明している。なんと、そこには衣服が洗濯できる装置があり、着替えまで準備されていた。用意周到とはこのことだ。
「あっ、あの」
「しばらくそこで、番の寝顔でも見て頭を冷やしているがいいさ」
「ちょっと……!」
ユーリが止める暇もなかった。
男はそのまま、風のように部屋の外へと姿を消した。足に羽でも生えているのかと思うほどの速さであり、ほとんど足音も立てなかった。
為すすべもなくそれを見送って、ユーリはその場にへたへたと座り込んだ。もう一度、なんとか首輪を外そうともがいてみるが、ただの徒労に終わった。がちゃがちゃと派手な音がするばかりでなんの意味もない。
(これでは……犬だ)
まるで犬だ。
あの男は、体よくもう一匹の「ペット」を手に入れたようなつもりなのだ。そうだ、そうに違いない。
「なんなんだよっ……!」
ユーリの情けない叫び声は、広い空間にうわんと反響し、虚しく空気に溶けて散りぢりに消えていった。
「『こいつが何をしたか』と言われれば、確かに『何もしていない』と答えよう。ちょっと反抗的ではあるがな」
「…………」
「だが『お前ら人間が何をしたか』という話なら、その長い歴史の中で、犯した罪も作った瑕疵も非常に大きい。ときには救いがたい判断ミスさえし、そこからまるで学ばずに、さらにそれを繰り返す。それがお前ら人間だ。貴様だって、間違いなく同じ業を背負っている。その過去を知っていようが、いまいがな」
「か、過去……ですか?」
「そうだ」
男はぴしゃりと言い放った。
そこからまた、長い長い沈黙があった。ユーリの背中をつうっと冷たい汗がすべり落ちていく。
「……あの。どういうことなのでしょうか。過去とは? 私たちの歴史の瑕疵とは。過去の人間たちが、あなたにいったい何をしたと──」
男は薄青い瞳の温度をさらに下げたように見えた。まさに氷の刃のような視線だ。それがじろりとユーリを睨み下ろす。
「貴様らは、命を軽んじすぎるのさ。自分たち以外の命を、な」
まるで吐き捨てるようだった。男は砂を飲み下したような顔をついとそむけた。
「えっ……?」
ユーリは目を瞬かせた。男の冷たい目の奥に、なんとも形容のしにくい何かが潜んでいることは、彼にもなんとなく分かる気がした。その正体がなんであるかまでは、当然わからなかったけれど。
「あの、すみません。ちゃんと説明して欲しいのですが。それはどういう──」
──がちゃり。
「えっ?」
唐突に首に違和感を覚えて、ユーリは軽く飛び上がった。
いつのまに手にしていたのか、男はユーリの首に太い首輪を嵌めていた。
なんでできているのかはわからない。握ってみると非常に硬い材質のようだ。そこにまた、非常に丈夫なつるりとしたロープみたいなものがつながっている。こちらは金属製らしい。それがずうっと部屋の隅へと伸びている。そこにいくつかの扉があったが、ロープはその脇に固定されているようだった。
ユーリが必死で引っ張ってみても、首輪もロープもぎちぎちと不快な音をたてるだけでびくともしない。何が起こったかが次第にわかってきて、全身が震え始めた。
「なっ……なにを──」
「ワイヤーの長さは十分あるさ。そら、ここで用を足せる。隣に電子シャワーなんかもあるぞ。水や食事はここから出る」
男は慌てているユーリのことなんぞまるで無視して、淡々と壁際のパネルや扉の開閉ボタン、中の設備の使用方法を説明している。なんと、そこには衣服が洗濯できる装置があり、着替えまで準備されていた。用意周到とはこのことだ。
「あっ、あの」
「しばらくそこで、番の寝顔でも見て頭を冷やしているがいいさ」
「ちょっと……!」
ユーリが止める暇もなかった。
男はそのまま、風のように部屋の外へと姿を消した。足に羽でも生えているのかと思うほどの速さであり、ほとんど足音も立てなかった。
為すすべもなくそれを見送って、ユーリはその場にへたへたと座り込んだ。もう一度、なんとか首輪を外そうともがいてみるが、ただの徒労に終わった。がちゃがちゃと派手な音がするばかりでなんの意味もない。
(これでは……犬だ)
まるで犬だ。
あの男は、体よくもう一匹の「ペット」を手に入れたようなつもりなのだ。そうだ、そうに違いない。
「なんなんだよっ……!」
ユーリの情けない叫び声は、広い空間にうわんと反響し、虚しく空気に溶けて散りぢりに消えていった。
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