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第一章 彼方より来たりし者
13 臣下たち
しおりを挟むその夜。
ユーリは極秘裏に群青に呼ばれた。
お召しを伝えにきた陛下の侍従が、「どうぞ尾鰭をお召しください」と言ったので、どうやらあの水槽の中に呼ばれたということのようだった。
ロマンと黒鳶は随従を許されたので、ユーリは二人を連れて侍従のあとについて行った。
「こちらで、少々お待ちくださいませ」
とある部屋まで案内され、侍従が平伏して席をはずすと、すぐに二人の人物が部屋に入って来た。
「あ……」
ユーリは目を瞠った。
滄海の兵部卿・青鈍と左大臣・藍鼠だった。
「ああ、どうかそのままに。配殿下」
慌てて一礼をするユーリに、青鈍が深く落ち着いた声音でとりなしてくれる。
「さあさあ。まずはお座りくださいませ」
「あの、でも……」
「ああ、どうか陛下への拝謁についてはご心配なさらずに。その前に少しお時間をいただけると、お許しを頂いておりますゆえ」
左大臣、藍鼠も同様の落ち着いた物腰で、すぐにユーリを上座に導いてくれた。部屋には大きめのテーブルと椅子が四脚用意されていた。恐らくユーリのためなのだろう。天井そのものが光る滄海式の照明が、部屋を明るく照らしている。
二人とも、陛下の御前にでるときのような格式ばった格好はしていない。昇殿の時には本来ならば衣冠束帯をつけるところだが、今はやや砕けた直衣姿である。つまりこれは、ごく内々の話し合いの場だということらしかった。
「配殿下。まずは、このような形でご尊顔を拝する非礼をお許しくださりませ」
口火を切ったのは藍鼠だった。
「ながらく右大臣派の者らの監視の目をかいくぐるのに苦労をいたしておりまして。お察しくだされているとは存じまするが、あやつらはご聡明な玻璃殿下を疎んじて、瑠璃殿下に皇位をと考える不届きな輩ゆえ」
「この機に乗じて、すみやかに玻璃殿下を皇太子の位から廃し、瑠璃殿下を皇太子にと画策しておることでしょう。殊勝な顔をしながら腹の中では、さぞや大笑いだったに違いありませぬわ。まこと、しょうことのなき者どもで」
あとを引き継いだのは青鈍である。
「えっ。そ、そうなのですか……?」
ユーリにとっては完全に寝耳に水の話だ。
おたおたして、背後にいる黒鳶を見やる。男は沈黙したまま、わずかに頷き返してきた。どうやら真実であるらしい。
藍鼠が困った様子で、少し首を横に振った。
「お恥ずかしき限りにはございまするが、先ほどご覧になった通りです。こう申し上げてはなんでございますが、瑠璃殿下は王者の風格を備えられた玻璃殿下とは比べるべくもなき御方。お姿こそお美しいが、お心のほうがまだまだお育ちではないご様子。あれでは配下の者ら、また国民の人心を一身に集めるなどは難しゅうございましょう」
「で、でも……。大切な兄上があのようなことになったのです。なんと言っても、お命に関わることです。血を分けたご兄弟として取り乱されるのは、それは……無理もないことかと」
ついユーリが口を出したら、二人の老人はにっこり笑った。
「まこと、お優しい方にございまするなあ、配殿下は」
「あのあとも瑠璃殿下から、ひどいなされようがあったと聞いておりますぞ」
「え──」
それは、つまり、もしかして。
思わず見やれば、黒鳶がまたひとつ頷き返してきた。要するに、先日玻璃から彼を通じて紹介されるはずだった近臣というのは、どうやらこのお二人のことであるらしい。
「だというのに、左様に殿下をお庇いだてなさるとは。まことお心の広いことだ」
「まことに。玻璃殿下があれほどにご寵愛なさるのも、頷けようと申すものです」
「え、いや……あのう」
胸から上が、かあっと熱くなる。
この老人たち、いったい何をしにきたのだろう。こんな風にユーリを褒めちぎって、どうしようというのか。
「る、瑠璃どののお気持ちは、私にもよく分かるからです……。取り乱されるのも無理はないことかと思います。私にきつく当たられるのも、お気持ちを思えば無理もないことですし」
「……左様ではありますが」
青鈍はやんわりとユーリの言葉を遮った。
「皇権を執ろうとする者としては、あのままでは非常に困ると申すのです。ややもすれば視野が狭窄しやすく、高貴な男子としては感情的にもおなりになりやすい。目の前の利益、不利益、感情的な問題しか見られぬようでは、王者としては不十分に過ぎまする。ましてやあの玻璃殿下とは、比べようもありませぬよ」
「そ、それは……そうかもしれませんが」
藍鼠も言う。
「配殿下。右大臣派は、そこを利用しようというのです。やつらが瑠璃殿下を担ぎ上げようとするのは、別に殿下の為人に心酔するからではありませぬ。単に『操りやすいから』でござりますよ。……酷い言いようではありまするが、それが事実なのでござりまする」
「…………」
ユーリは思わず項垂れた。
そうだ。ここは皇族の住まう場所。この国の皇権を担う場所だ。
とりわけ皇族がたへの評価はそのまま、「国の舵取りができる器か否か」で判断される。
もちろんユーリには、それを云々する権利もなければ資格もない。もって生まれた性格や人格について、ここまで厳しく査定されるのだとすれば、ユーリなんて門前で「はいさようなら」と言われるだけの人間だろう。
「だからこそ、そのためにも、我らは是非とも玻璃殿下を彼奴の手から取り戻さねばなりませぬ。いまのまま瑠璃殿下がうかうかと担ぎ上げられることにでもなれば、殿下ご自身とてひどいお苦しみを舐められることになりまする」
藍鼠が言うのに青鈍も続いた。
「今のまま皇位を継承したとて、右大臣のやつばらに利用されるだけにございましょう。その上、あれほど見事な玻璃殿下とあれやこれやと比べられる。それは避けられぬ未来でしょう。それが瑠璃殿下のお幸せになりましょうや」
「で、では……。お二方は、私にいったいどうせよと?」
恐るおそる訊ねた時には、ユーリにももう薄々わかっていた。
『どうか何としても、玻璃殿下をこの国へお戻し奉ってくださりませ』──。
つまり、どんなことをしても。
瑠璃が言ったとおりである。
この命を使っても、操を使っても。
お前のなにを与えてもよいから、それだけは守ってくれと。
そのためであれば、どんな協力も惜しまぬから、と。
だから最後は、ユーリも頭を垂れてこう言うほかはなかった。
「……承りました。この命に替えましても、必ず」と。
背後に控えているロマンが、また真っ青な顔で沈黙している。その場に倒れそうになっている少年の肩を、黒鳶がそっと支えていた。
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