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第一章 彼方より来たりし者
5 惨殺 ※※
しおりを挟む何が起こったのか、わからなかった。
そのとき玻璃は、帝都の中枢部にある兵部局の中央指令室で、正三位兵部卿・青鈍とともに艦隊の指揮を執っていた。
それが起こったのは、所用のために少し席を外し、身辺警護の忍びたちや士官らに護られつつ廊下を移動していた時だった。
目の前に立っていたひとりの若い忍びの体が、いきなりぶしゅっと鈍い音をたてた。
(なに……!?)
「む!」
「何事だっ!」
すぐ隣にいた別の忍びや士官が即座に警戒モードになり、短剣やレーザー銃を構える。
素早く目線を走らせれば、当の若い忍びの首はすでになかった。
彼の頭部は何かによって斬り飛ばされたように数メートルも先で壁にぶつかり、別の忍びの足元に転がっている。その顔は、周囲を警戒する常の表情のまま固まっていた。まだ若い彼には、自分の身にいったい何が起こったのかを認知する隙さえなかっただろう。
遅れてその場に倒れた胴体の切り口から、真っ赤なものが夥しく噴き出し、壁と床をぬらぬらと染めあげていく。
他の士官たちは慌ててきょろきょろと周囲を見回した。
基本的にAIによる制御で監視されているこの建物には、さほど多くの人員が配備されているわけではない。人間をひとところに集めていれば、何かが起こった時の人的被害が大きくなる。ただでさえ人口の減っている中、ひとつのアクシデントのために貴重な人類の命を多く失うわけにはいかないからだ。
あの艦隊司令官・璃寛の駆る旗艦「なみかぜ」でも、せいぜい数十名の人員が搭乗しているのみである。
忍びたちと士官らは、すでにそれぞれ壁を背にして背後に玻璃を庇い、他の忍びたちに応援要請の連絡をいれつつ、刀やレーザー銃を四方八方に向けて構えている。
玻璃もまた同様だった。腰につけている自分用のレーザー銃を手に、油断なく周囲を見回す。
だが、「敵」の姿が見えない。
見えているのは、何が起こったのかもわからないまま絶命している、先ほどの哀れな忍びの躯ばかりだ。
と、すぐ目の前にいた忍びの男の体が無造作に左右に割れた。
ばしゅっという重い音とともに、迸りでた熱い液体が視界を赤く染める。
「ぐっ」
「うおっ!」
ばたばた、びちゃびちゃと人の体が容赦なく寸断されては目の前で飛び散っていく。
遂に立っているのが玻璃ひとりになった所で、どすっと後頭部に重い衝撃が走った。
それが、玻璃の意識に残った最後の記憶だった。
◆
そして、今。
玻璃は薄暗い空間の中に転がっている。
目覚めたときには、すでに冷たい床の上だった。床から頬へ低い振動が伝わってくるところからして、どうやら何かの乗り物の中であるらしいと見当をつけた。
(どこだ……? ここは)
身動きしようとしたが、それは叶わなかった。どうやら自分は、両腕を後ろ手に縛られているようだ。起き上がろうとして、さらに両足首も縛られていることに気付く。
あらためて耳を澄ますが、乗り物の発する音以外なにも聞こえなかった。
ここには、自分ひとりのようだ。ということは、気を失うすぐ前に起こったことは夢ではなかったということらしい。自分を警護していた者らが次々に惨殺され、肝心の相手の姿はまったく見えず──。
と、いきなり暗闇から声がした。
「目が覚めたか? 皇太子殿下」
それは、非常に冷たい男の声だった。体よく「皇太子殿下」などと呼びかけておきながらも、そこに一片の敬意もないのは明らかである。
壁の高い位置で、常夜灯がぼんやりとオレンジ色に光っている。声の主は、それが物陰に作っている影だまりの中にじっと潜んでいたらしかった。
玻璃はどうにか声を出した。
「貴様は、だれだ」
出て来たのは、掠れてひどく聞き取りにくい声だった。声帯が思った以上にがさついて言うことを聞かない。
「『リカン』とかいう奴には、『蒼』と呼べと言っておいたが。聞いていないか」
「あいにくと初耳だ」
憮然と言ったら、相手は鼻先で笑ったようだった。
「まあ、やむを得んか。連絡が届く前に俺が貴様を取り籠めてしまったからな」
驚いたことに、男の声によってするすると紡がれるのは、なぜか滄海の言語だった。わずかの澱みもなく、非常に流暢だ。
そのことに、不思議に背筋が寒くなる。それはそのまま、この「存在」の怜悧さを物語るものでもあるからだ。
「貴様の目的はなんだ。……そも、貴様は何者だ」
「それに答えて、俺に何の益がある」
声は不思議と穏やかだったが、せせら笑う調子はさらに深まったようだった。
「俺をどうするつもりだ。滄海になにを求める」
「ワダツミ、とやらが何であるかを俺は知らん。ゆえにその問いは無意味だ。蟲けらどもの国家のありようになど興味もないしな」
「…………」
「俺の望みは、地球そのものに求めることだ」
「地球、そのもの──?」
「そう。貴様らの棲む惑星だ。……だがまあそのうち、特に貴様ら蟲けらだけにな」
つけつけと言うその声は、含む氷の刃の数をどんどん増やしているようだ。
玻璃は少しだまってから、静かに「それで」と問うた。
「なに、簡単なことだ。ここいらあたりで、そろそろ貴様らの歴史は終わりにするがいい」
「なに……?」
「わからんか。要するに──『滅びよ』、ということだ」
玻璃は眉間に深く皺を刻みこんだ。暗がりの向こうに立つらしき人物の方に目を凝らして沈黙する。
そこから相手は、たっぷりと時間をとった。
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