ルサルカ・プリンツ~人魚皇子は陸(おか)の王子に恋をする~

るなかふぇ

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第一章 彼方より来たりし者

2 接触

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「映像あり。メイン・モニターへ転送します!」
「わかった。出せ」

 璃寛りかんが静かに命ずると、すぐに眼前の空中に浮かんだ大きな画面に、とある人物が映し出された。
 ふっ、と一同が息を飲んだ。

 「敵」の姿を視認するのは、みなこれが初めてだ。
 相手は自分たちが思っていた以上に若く、また皮肉なほどに美しかった。
 ……そう、美しかったのだ。恐らくは。

 というのも、その画像は人物の胸元から鼻の少し上あたりまでしか映し出してはいなかったのだ。画面全体が暗いうえ、逆光であることも手伝って、細かな容姿はしかと判別できない。
 短く刈り込まれた銀色の髪。すでに声音から想像はされていたが、やはり男のようだった。
 薄いが形のよい唇は、その端をやや歪めて皮肉そのものを貼り付けている。唇はごく滑らかに、その表情を裏切らない声で言った。

《どうやら、俺を迎え撃つ準備は調ととのったようだな。ご苦労、ご苦労》

(『迎え撃つ』……と、言ったか)

 その言葉を使う以上、こやつは紛れもなく己をこちらの敵と認識している、ということだ。つまり明らかに害意があると。
 当初はこの者に関する大した情報もなく、玻璃殿下の素早い警戒態勢を訝る向きもあった。けれども、殿下の御判断は間違っていなかったということらしい。
 璃寛は表情も変えずに画面をひたと見つめて言った。

「はじめてお目にかかる。自分は海底皇国、滄海が宇宙空軍艦隊総司令官、正四位兵部大輔しょうしいひょうぶたいふ璃寛りかんと申す。失礼ながら、そちらは何者であらせられるか」
《くだらん。答える義理はないな》

 声はさも、馬鹿にしきったようにするりと答えた。

《だがまあ、そちらの言語では『あお』が近いか。どうでもいいが、そちらもでは面倒だろう。『ソウ』とでも呼ぶがいい》
「……さすれは、蒼どの。此度の我らが星系への接近と、滄海への連絡の目的はなんであられるか。お訊ねしてもよろしいか」
《訊いてどうする。今から死のうという奴儕やつばらが》

 くはは、と乾いた笑声が続く。
 あきらかにこちらをなぶるものだ。

《せっかくのお出迎えに敬意を表し、ご挨拶にうかがうにやぶさかではないが。ひとつ教えておいてやる》

 そう言って、男が顔の前に人差し指を立てた瞬間だった。
 モニターを注視していた通信班の士官が、ハッと青ざめて振り向いた。

「報告ッ!」
「なんだ」
 璃寛は、敢えてしずまった声で応じた。
「第一艦隊、第二艦隊において、謎の爆発現象あり! 事故か敵の攻撃によるものかはいまだ不明!」
「なんだと?」
 それでもつい、シートから腰を浮かせかかる。
「各戦艦、巡洋艦、駆逐艦ともに甚大な被害が出ている模様!」
「早急に原因の特定をさせよ。全艦、第一種警戒態勢!」
「はッ!」

 通信兵の背中が、緊張しきって固くなっている。それをちらりと一瞥してから、璃寛は再び眼前のモニターへ厳しい眼光を戻した。

「なにをした。どういうつもりか、ご説明を願いたい」
《今のが挨拶がわりだ。黙って受け取っておけ。さっさと沈静化をはかるんだな。そうでなくても、ここは安全な惑星上じゃないんだ。真空の宇宙空間に吸い出されるぞ? 急がねば、ただでさえ少ない人員にさらに被害がでると思うが》
 璃寛は奥歯をきりっと軋らせた。
「そちらの目的と、要求は」
《問答無用だ。貴様は貴様にできることをやるがいい》

 そこで通信は無情にもぶつりと途切れた。
 あとには艦橋にいる士官たちの緊張した声と、皮肉なほどに落ち着いたAIの状況報告の音声が入り乱れているばかりである。

「第一艦隊、八十五隻、沈黙!」
《本艦の被害は軽微です。残存空気量、八十パーセント》
「第二艦隊、六十二隻、航行不能!」
《当該敵艦に動きはありません》
「第三艦隊、三十隻に被害。ただし人員の被害は軽微──」

(いったい、何がどうしたというのだ)

 璃寛は、モニターに映る木星近くの機影を睨みつけた。
 あの船は、いまだにあんなに遠いのに。

 奴はいったい、
 どこからこんな攻撃を我が艦隊に仕掛けてきたというのだろう……?

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