ルサルカ・プリンツ~人魚皇子は陸(おか)の王子に恋をする~

るなかふぇ

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第二部 飛翔編

閑話

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 ぽたり、ぽたりと赤い雫のたてる音がする。
 究極まで光度を落とした船内で、動くものはそれだけだ。

 だれもいない。自分のほかには、ここにはだれも。
 そばにいたたった一人の半身は、もう何万時間もまえにうしなわれた。それはそれは、むごたらしい死にざまで。
 奴ら虫けらの身勝手な欲望のままに生み出され、その優しさに付け込まれ、欲望のままに食い散らかされて。
 無論、奴らにはすでに復讐の鉄槌は落としてきた。
 が、それでこの傷が癒えるものでは到底なかった。

(……憎い。にくい──)

 憎悪とすら呼べないほどの真っ黒な何かが、ぐらぐらと腹の底で煮えたぎる。すると、いつも知らずこの腕が、また勝手に形を変えている。
 鋭く尖った指先でつい頭を掻きむしっては、何度もあの忌々しい《筒》の世話にならなくてはならなかった。

(なぜ、あんな奴らが存在する?)

 やつらは、ゴミだ。
 この宇宙に蔓延はびこる寄生虫のごときもの。
 それ以上でも、以下でもない。
 だが、それならその「寄生虫」に創造さつくられた自分はいったい何なのか。
 奴らが唯々諾々と運命に従って滅ぶことをよしとせず、延命のために半ばやけくそに生み出してくれた存在。
 そんな者どもに造られて、なぜこうまでが異質なのだろう。

 広大な宇宙にされたほかの「兄弟たち」の行く先はようとして知れず、自分はただ、この船が辿たどって来た道筋を戻るしか方法がない。
 ただただ、阿呆のように。無知で愚かな、奴らのごとくに。
 奥歯をぎりぎりときしらせながら。

 ──だが。

(必ず、息の根を止める)

 許さない。
 何があっても、許すものか。
 こんな悲劇を宇宙にばらまき、あの清純な心優しい自分のつがいをあんな目に遭わせることを「よし」とした存在などを。
 もはやこの宇宙に、その一匹ですら残してなるものか。
 その身の細胞の一片たりとも残してなどやるものか。
 
(……そうだとも)

 その存在は、開いた指がするすると伸び、巨大な複数の鎌に変貌してゆく様をぼんやりと眺めていた。

 すべてこのやいばつゆにしてくれる。

「……待っていろよ。フラン」

 押し殺した掠れた声が、ただ暗闇に溶けて沈んでいく。

 男はずたずたに裂かれた金属の床面に、
 さらにぎじりと深くえぐれた傷をつくった。
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