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第八章 過去と未来と
10 神前式
しおりを挟むそんなこんなの末だったが、ユーリはそのまま朝食は摂らず、神前式に臨むことになった。
滄海では、基本的に国民に信教の自由が認められている。だれが何を信じようが(また信じまいが)、それは各人の意思にゆだねられているということだ。実はこちらでも、アルネリオにも残るいくつかの伝統的な宗教を信じる人々も存在するし、そのほかさまざまに小規模な新興宗教もあるそうだ。
玻璃の弁によればこうだ。
『その者が信ずると言うのなら、どの宗教・宗派だろうと信ずるは自由。ネコの尻尾だろうとイカの頭だろうと、信ずるのはその者の自由である。ただし滄海の法律と公序良俗、ごく常識的な範囲で他人に迷惑を掛けないこと、という但し書きつきではあるのだがな』
というわけで、皇室での儀式上の「神前」というのは、いってみればそれら宗教儀式のひとつにはなるらしい。とはいえ、それは古来からひきつがれてきた八百万の神々への信仰であり、むしろ生活に密着しすぎていることもあって、普段はさほど人々の行動を縛る種類のものではないそうだ。
実際、見ていてもわかる通り玻璃はかなりの現実主義者で、さほど信心深いほうではないらしい。だからユーリも特にそれを信仰せよと強要されるわけではないとのことだ。これにはユーリも安堵した。
実は、まだ滄海の人々が地上にいた昔から連綿と現在の皇室へと続く系譜は、そのおおもとにこの神話があるらしい。つまり、国を生んだ神々の神話である。古代から人々は洋の東西を問わず、自分たちの祖先を「神の子」と位置付けることが多かったわけなのだが、ここでもそうだということらしい。
この儀式に臨むにあたり、ユーリは玻璃とよく似た滄海の純白の衣装に着替えることになったのだが、玻璃は深い藍色の装束になっていた。花嫁が女性であればもっとぞろぞろと長くて重い、色鮮やかな装束になるらしい。だが、ユーリは男子であるゆえに、基本的には玻璃と同じ格好になったのである。
髪はきっちりとまとめられ、侍従たちの手で玻璃と同じ黒い冠をつけてもらっている。ロマンはこちらの衣装についてはまだ知識がないため、部屋の隅でちょっと残念そうな顔をしながら、食い入るようにしてその一部始終を見つめていた。
式典の間は、群青に拝謁した部屋と同等の格式と広さを持っていた。こうした場合のため、壁の一部が《水槽》の状態になっており、そちらに群青以下、尾鰭をつけた高貴な人々が居並んでいる。
玻璃とユーリは侍従たちに導かれ、空気のある部屋の中央に据えられた高座に隣り合って座った。すでに場の両側には重臣たちが居並んでいる。その最も上座には、第二皇子、瑠璃がしれっとした顔で座っている。いつもはゆるりと垂らしている前髪も、今日は綺麗にまとめ上げられている。装束も、この場にふさわしい高い格式のもののようだった。
相変わらずの美しい相貌だが、瑠璃の顔色はあまりよくなかった。が、表情はあくまでも平静を保っている。硬い表情からは、その心中はまったく推し量れなかった。瑠璃は最前からずっと、ユーリの方をちらりと見やることすらしない。ひたすらに、やや前方の床の面を見つめて端然と座っているだけだ。
しばらくすると、玉串や榊の枝、それに白い瓶子や杯を乗せた三方をささげた神官が数名、しずしずと部屋の隅から現れた。
ユーリにとってはどれも初めて目にするものばかりだ。式の次第は前夜のうちに侍従から聞かされていたのだけれども、ほとんど頭の中から飛んでしまっている。さらには、ひどい緊張のために、その場で何が行われているものか、ろくに観察してもいられなかった。
とにかく身じろぎもせずに固まって、勧められるままに動くだけだ。玻璃のあと、神官から差し出された杯をうけとり、注がれた酒に少しだけ口をつけて静かに返す。
式そのものは非常に荘重な雰囲気のまま、森閑としたままに終了した。終わってしまえば全体に、あっけないほど短い時間しか掛からなかった。
神官たちが来たときと同様、ほとんど音もたてずにその場から去ると、玻璃とユーリはまた瑠璃や重臣たちに見送られて部屋をあとにした。
が、その途端、ユーリの体ががくりと傾いた。
(うわ……!)
体じゅうの力がいきなり抜け落ちたみたいだった。
が、すぐに脇から大きな腕が支えてくれた。
「大丈夫か」
「あっ。す……すみません」
「無理をするな。俺の手につかまっていよ」
「はい……。すみません。き、緊張して──」
必死でそう言う声も、まるで自分のものではないように戦慄いている。手も、他人のもののように冷たく硬くなっていた。
玻璃の手が、大きな袖の内側でそれをぎゅっと握ってくれた。
「無理もない。そなたにはすべてが慣れぬことだし、こうも周りじゅうから穴のあくほど見られていてはな。昨夜はあまり眠れなかったのではないか」
「はい……。実は」
蚊の鳴くような声で言ってうつむいたら、玻璃は吐息だけで笑ったようだった。
「次は民らへの顔見せのパレードになるが。いけそうだろうか」
「は、はい」
静かで低い、とても落ち着いた声が耳に滑り込んでくる。なんだか聞いているだけで、腰が蕩けてしまいそうに甘く優しい声だった。
それに励まされるようにして、ユーリは身内に力が戻ってくるのを感じた。
「まあ気楽に。どうということはない。ただ笑っておられればよい。気分が悪くなったりすれば、すぐに俺に申されよ」
「はい……」
「常に隣におるゆえな。どうか無理だけはせぬように」
「ありがとうございます」
ユーリがやっとにこりと笑顔を作って見返すと、玻璃の宝石の色をした瞳がやや安堵した色にもどった。
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