ルサルカ・プリンツ~人魚皇子は陸(おか)の王子に恋をする~

るなかふぇ

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第八章 過去と未来と

8 鼓動

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 パレードパラッドが終了し、臣下の居並ぶ王宮の前庭へ戻ったユーリに、父、エラストと兄たちが近づいて来た。前庭にはすでに、滄海からきた飛行艇が着陸している。このままこれに乗って、ユーリは滄海へ向かうことになっていた。
 エラストがやや赤い目をしてさっとユーリに近づき、両腕で力強く抱きしめてくれた。

「ではな、ユーリ。どうか心安らかに、息災で過ごすのだぞ。遠くの地にあってもこの父は、そなたの幸せを心より願っておるゆえ」
「はい……。父上」
 父の声がやや掠れて震えているのに気が付いたら、ユーリももう駄目だった。ぎゅっと喉の奥が詰まってしまい、そのまま目の前が熱くぼやけた。
「不甲斐ない息子でしたが……これまで、まことに……ありがとうございました」
 エラストは首を横に振ると、何度か優しくユーリの肩をたたいた。
「我が自慢の息子よ。もうおのれを卑下するな。お前がそうする必要は一抹もない」
「父上……」
 感極まって嗚咽を洩らすユーリを、父はまたぎゅっと力いっぱい抱きしめてくれた。
 兄たちはそれぞれに玻璃と握手を交わし、その後ユーリをそれぞれ父と同様に抱きしめてくれた。
「ではな。元気で暮らせよ、ユーリ」
「はい、セルゲイ兄上」
「ちょっとは体も鍛えろよ。俺も暇を見て、ちょっと遊びに行かせてもらうゆえな」
「え? そうなのですか、イラリオン兄上」
「そりゃそうだ。お顔を見たい方もおられることだしな」
 セルゲイ兄はどうやら諦めた風なのに、どうやらこちらの兄は瑠璃皇子のことを諦めきれないでいるらしい。つい溜め息を洩らしそうになったけれども、ユーリは笑みを絶やさないままそれをこらえた。
「あまり、あちらの皇子にご無理を申さないでくださいね。一応、私の義弟になられる方なのですから」
「無論のことだ。俺がそんな野暮な真似をするものかよ」
 にかっと笑って意味深に片目などつぶって見せられるが、とても信用できたものではない。これは、どうやらユーリがある程度目を光らせておかねばならないようだった。

「では。そろそろ参ろうか、ユーリ殿」

 玻璃のその言葉に救われたような形で、ユーリは父たちと最後の名残を惜しみ、ロマンや黒鳶も連れ、飛行艇に乗り込んだ。





 皆が搭乗するとすぐ、飛行艇はごく低い音をたてて発進したようだった。
 前とおなじく周囲が見張らせる広い部屋へ向かうのかと思っていたら、玻璃はロマンたちに「ついて参るな」とひと言いって、ユーリをさっさと別室に連れて行った。

「え? あの……玻璃どの?」

 そこは、前回連れ込まれた用を足すための小部屋ではなかった。そこを通り過ぎてさらに通路を行くと、他にもさまざまな部屋があることに気がついた。
 比較的大きめの飛行艇だからなのだろう。ちょっと覗いた限りだけれども、どうやら貴人を世話するための厨房や、小ぶりの衣装部屋などがしつらえられているらしい。そういえば、前回具合が悪くなったロマンが連れていかれたのは医務室だという話だった。
 
「あの──」

 戸惑うユーリの手を引いて、玻璃はさっさととある部屋に入ると、扉脇の壁に手を触れて鍵をかけてしまった。手のひら程の大きさの四角いプレートが淡い緑から赤い色の光に変わる。それが鍵がかかった合図であることは、前回の旅のときに教わっていた。
 ここはどうやら、いくつかある衣装部屋のひとつらしい。四メートル四方ほどの小さな部屋に、様々な衣装が掛けられている。ちらっと見た限りでは、男性のためのものばかりでなく、女性用のものもあるようだった。
 周囲をきょろきょろと見回していたら、いきなりぎゅっと抱きしめられた。

「すまぬ。やはり少しだけ、そなたに触れたい」
「えっ? わ……んん!」

 そのまま荒っぽく唇を塞がれる。
 ユーリはしばらくじたばたしたが、あっさりと唇を割り広げられ、熱い舌で自分のそれを存分に愛撫され始めると、あっという間に足の力が抜けていった。

「心配いらぬ。衣服は乱さぬ。……それは、宮に着いてから存分にな」
「ん……んん」

 言いながら、玻璃の口づけがさらに深くなった。
 少しだけ目を開いて窺うと、玻璃の紫水晶アミェチーストの瞳が間近にあった。夢にまで見た、彼の瞳だ。

(玻璃どの……!)

 ユーリも夢中で彼の舌に自分のそれを絡め、彼の頭の後ろや首に腕を回して吸い付いていく。
 嬉しくてうれしくて、心臓が爆発してしまいそうだった。

 だって、待っていた。
 こんなに長く、待っていたのだ。

「ふ……んん、はり、どの──」

 玻璃の手がユーリの背をしなるほどに抱きしめる。ぴたりと抱き寄せられた彼の胸から、自分と同じく高鳴る音が聞こえてきた。
 ユーリは喜びに涙をあふれさせ、そのまま飛行艇が空を飛ぶあいだじゅう、男の腕と唇に存分にわが身を任せた。
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