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第七章 変わりゆく帝国
8 遠いあなたに
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《見事だったな。ユーリ殿》
「は、玻璃どのっ……!」
通信用の腕輪で、玻璃が連絡してきたのだ。
ユーリはぱっと腕輪に耳をくっつけた。
《すべて見ていた。よくやって下さった。ただ今の顛末はすべて、こちらの機器で録音・録画してあるゆえな。お父上にはそれもついでに、証拠として差し出されればよかろうよ》
「玻璃どの……」
ああ。
いまここに、彼の大きな胸があればいいのに。
まだ震えているこの体を、あの素敵な太い腕でしっかりと抱きしめてもらえたらよかったのに。
そうしたらどんなにか、自分は安堵できたか知れないのに──。
(いや。いやいやいや!)
つい甘い気持ちに傾きそうになる自分を、ユーリは必死で𠮟咤した。
「あ、ありがとうございます。でも、本当に何もできなくて、お恥ずかしいことばかりです。何もかも、玻璃殿のご協力のお陰にございます」
そう言ったら、玻璃は「なんの」と軽やかに笑ってくれた。
《黒鳶も、よくやってくれた。他の領地でも、ことはおおむね順調に進んでいるようだ。忍びの皆のお陰だ、礼を言うぞ》
「とんでもなき事にございまする」
黒鳶がユーリの腕に向かってすっと頭を下げた。
そうして、いつになく柔らかな声で言った。
「さ。ユーリ殿下はさぞやお疲れにございましょう。飛行艇に戻りましょう。ロマン殿、どうか殿下に、あなたのいつもの温かいお茶を差し上げてくださいませ」
「はい! もちろん!」
ロマンが嬉しそうに頷いた。
ぴかぴかの明るい笑顔である。そこにはもう、かつてこの男に対して疑心暗鬼になっていた少年の面影はどこにもない。
それに、なんとなくその頬がいつもよりも赤い……ような。
(……いやいやいや。私の見間違いだろう)
しかし、どうしてこう羨ましい気持ちになっているのかがよく分からない。
自分は玻璃に会ってから、どうも心のどこかが変になりっぱなしなのだ。
ユーリはゆっくりと腕輪をさすりながら言った。
「ありがとうございました、玻璃殿。……それでは、また」
《ああ。次にそなたに会える日を楽しみにしているぞ。それでは》
「はい。私も……玻璃どの」
ユーリはほんわかと自分の胸がぬくもるのを覚えながら、ロマンや黒鳶には見えないように、そっと腕輪に口づけた。
(……会いたいな)
そう思ったら、急に想いが胸から溢れてしまいそうになった。唇を噛んでぐっと堪え、腕輪を見つめて苦笑する。
まだだ。
まだ、正式に玻璃殿に会うわけにはいかない。こちらの国で十分に成果をあげ、父にも、またあの兄たちにも、彼の本当の価値をわかってもらう必要がある。海底皇国と友好関係を結ぶことの大きな意味を知ってもらう必要があるのだ。つまり、ユーリと玻璃との婚姻を心から認めてもらう必要が。
そのためにこそ、自分は玻璃の勧めに応じ、こうして各領地を回る計画を実行することにしたのだから。
もちろん今では、あまりにひどい各地の状況を知り、理由はそんな単純なことだけではなくなっているけれども。
(待っていてくださいね……玻璃殿)
心の中で、あのおおらかな笑顔を思い描いてふっと微笑む。
自分はきっと、この計画を成し遂げる。
そうして必ず、胸を張ってあなたに会おう。
その時こそ。
自分は誰に後ろ指をさされることもなく、あなたの伴侶になれるだろうから。
「は、玻璃どのっ……!」
通信用の腕輪で、玻璃が連絡してきたのだ。
ユーリはぱっと腕輪に耳をくっつけた。
《すべて見ていた。よくやって下さった。ただ今の顛末はすべて、こちらの機器で録音・録画してあるゆえな。お父上にはそれもついでに、証拠として差し出されればよかろうよ》
「玻璃どの……」
ああ。
いまここに、彼の大きな胸があればいいのに。
まだ震えているこの体を、あの素敵な太い腕でしっかりと抱きしめてもらえたらよかったのに。
そうしたらどんなにか、自分は安堵できたか知れないのに──。
(いや。いやいやいや!)
つい甘い気持ちに傾きそうになる自分を、ユーリは必死で𠮟咤した。
「あ、ありがとうございます。でも、本当に何もできなくて、お恥ずかしいことばかりです。何もかも、玻璃殿のご協力のお陰にございます」
そう言ったら、玻璃は「なんの」と軽やかに笑ってくれた。
《黒鳶も、よくやってくれた。他の領地でも、ことはおおむね順調に進んでいるようだ。忍びの皆のお陰だ、礼を言うぞ》
「とんでもなき事にございまする」
黒鳶がユーリの腕に向かってすっと頭を下げた。
そうして、いつになく柔らかな声で言った。
「さ。ユーリ殿下はさぞやお疲れにございましょう。飛行艇に戻りましょう。ロマン殿、どうか殿下に、あなたのいつもの温かいお茶を差し上げてくださいませ」
「はい! もちろん!」
ロマンが嬉しそうに頷いた。
ぴかぴかの明るい笑顔である。そこにはもう、かつてこの男に対して疑心暗鬼になっていた少年の面影はどこにもない。
それに、なんとなくその頬がいつもよりも赤い……ような。
(……いやいやいや。私の見間違いだろう)
しかし、どうしてこう羨ましい気持ちになっているのかがよく分からない。
自分は玻璃に会ってから、どうも心のどこかが変になりっぱなしなのだ。
ユーリはゆっくりと腕輪をさすりながら言った。
「ありがとうございました、玻璃殿。……それでは、また」
《ああ。次にそなたに会える日を楽しみにしているぞ。それでは》
「はい。私も……玻璃どの」
ユーリはほんわかと自分の胸がぬくもるのを覚えながら、ロマンや黒鳶には見えないように、そっと腕輪に口づけた。
(……会いたいな)
そう思ったら、急に想いが胸から溢れてしまいそうになった。唇を噛んでぐっと堪え、腕輪を見つめて苦笑する。
まだだ。
まだ、正式に玻璃殿に会うわけにはいかない。こちらの国で十分に成果をあげ、父にも、またあの兄たちにも、彼の本当の価値をわかってもらう必要がある。海底皇国と友好関係を結ぶことの大きな意味を知ってもらう必要があるのだ。つまり、ユーリと玻璃との婚姻を心から認めてもらう必要が。
そのためにこそ、自分は玻璃の勧めに応じ、こうして各領地を回る計画を実行することにしたのだから。
もちろん今では、あまりにひどい各地の状況を知り、理由はそんな単純なことだけではなくなっているけれども。
(待っていてくださいね……玻璃殿)
心の中で、あのおおらかな笑顔を思い描いてふっと微笑む。
自分はきっと、この計画を成し遂げる。
そうして必ず、胸を張ってあなたに会おう。
その時こそ。
自分は誰に後ろ指をさされることもなく、あなたの伴侶になれるだろうから。
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